第6主題 少年の名は

くん、此処ここでは声を小さく……分かるよね?」


 イワノ医師がった。一瞬、自分に話し掛けられたのかと思った。


 僕の名は、。三吉と書いて、


 真面まともに読んでもらえたためしが無い。学童のころから、先生にも同級生にも散々「くん」と呼ばれたいわく付きの名。


 楽団員として飛びまわっていた過去むかしも、非常勤講師の現在いまも、逢坂おおさかみよし。かたくなに平仮名表記を通している。選挙に出るわけでもなかろうに。


「先生にも、みるくおせんべい、あげる」

「ありがとう。ミヨシくん」


 イワノ医師は、こどもから菓子を受け取って、白衣のポケットに仕舞った。ありがとう。感謝を受けたミヨシくんは、

「点滴が終わるよ」

 と、医師が見て分かることを報告する。


「そうだね。ミヨシくんは、お利口さんだ。の点滴を終わろう」


 の点滴。耳を疑った。

 何処どこまでも透きとおる、歩かずとも百合の香りのする少女が、


 イワノ医師が点滴を外す。ほんの少しの刺激に目を醒ました少女は、まとわり付くミヨシくんの手をぴしゃりと叩いた。手にしていた菓子が、はじかれて白い床に落ちる。みるくおせんべいが、透明な包み紙の中で、ふたつに割れた。


「おかあさんは具合が悪いんだよ。ミヨシくんは良い子だ。分かるよね?」


 薬剤の副作用で不機嫌になっているらしい彼女に、イワノ医師が安定剤を飲ませた。を映す窓を叩き割りたい衝動に駆られる僕をなだめるのと同じ、くすり。


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