第22話
二本目の批評をし合って、テーマ『水』に対してノバナが『目薬』俺が『龍』だったが、面白い程に一本目と同じようなところが改善点として挙げられた。二人して、「やはり直しで成長する」と確信して、以後は直しをしないで次を書くことは、少なくとも合宿中はしないことにした。俺は書きかけの三本目を一旦ボツにして次の機会に書き直すことにする。
「じゃあ、次は突っ込まれたことを元に、直しの時間だよ」
「二本とも?」
「まずは一本目をやろう。でも私達、とんでもないミスを犯してる」
「え」
「もう午後二時半なのに、お昼ご飯を食べてない」
「熱中で忘れることって、あるんだね」
「チョコレート食べてたからってのもあると思う」
「どうする? 言われたら腹が減って来た」
「私も気付いてしまったら、もう食べずにはいられない。行こう、外食しかない」
道具はそのままにして、クーラーは切って俺たちは部屋を出て、施錠する。それが二人の秘密を守るみたいでこそばゆくてノバナに笑いかけたら同じことを感じていると分かる顔をしていた。
駅の方に向かう。この前のハンバーグでもよかったけど、変化を付けたい気持ちもある。
「リュータ、何が食べたい、って訊いて」
「ノバナは何が食べたい?」
「オムライス」
「お、いいね。でもあったっけ?」
「それがあるんだなぁ。付いて来て」
ノバナは駅から直交して、オムライスの専門店に俺を
「ここ」
『egg』と言うシンプルな名前。ふわりと柔らかい香りが流れて来る。
「美味しそうな店だね」
「前に一回来たことがあるんだ。お母さんとだけど」
「よし、入ろう」
カランカランと言うベルの音、「いらっしゃいませ」の通る声。
色々な種類があって、俺はコンビーフマヨネーズにする。大盛り。ノバナは「スタンダード」と言うメニュー。
カップスープが付いて来て、あちちなそれが美味しくて、否が応でも期待させられる。
「リュータはどう? 物語りを書いてみて」
「少なくとも好きだと思う。俺天才とかは思わないけど、あんだけの時間集中してて、飽きないし、熱中が続くし。一朝一夕で行かなそうは感じはビンビン感じるけど」
「そっか、よかった。やってみたら違うって、あるからさ。でもよくあんなストーリー思い付くよね。元々空想癖とかあったの?」
「ないよ」
「私は自分がそう言うことするの大好き人間だから、ストーリー出すの普通と思っているけど、もちろん枯渇することもあるけど、他の人がどう言う感じなのかは考えたことがなかった」
「俺はやったことがないから、種がいっぱいまだあるのかもね。一回そう言うの全部出しちゃった方が、本当の創造に向かえるのかも知れない」
「全部出すか。私の枯渇体験みたいな状態まで行くことだね。確かに、ストックが全部なくなってから新たに始まったシステムはあるかも」
「どんなーーーー」
オムライスが来る。香りが空腹を直撃する。すごく大事な話をしていた筈なのに、二人とも食べることに集中して、黙る。
そして皿が空になってから改めて。
「どんなシステムなの?」
「新しいインプットをすると、アウトプットが出るような、逆に、アウトプットをするとインプットを受け入れられるような、感じ。もちろん、インプットしたものがアウトプットになる訳ではないんだ。何て言うかこう、循環している感じ。マンガ描いてるときにそんな感じになってた。小説はまだそこまで行ってないから、インプットもアウトプットも別の回路なのかも知れない」
「なるほど。俺もそれを目指してみようかな」
「人それぞれ多分、使うシステムは違うから、やりながらリュータのシステムを見付けるのがいいと思う」
「確かに、そうだね」
寮に戻ったら、勉強部屋に直行する。また暑くなっていたけど、クーラーを付けて、すぐに直しを始める。
二回共同じようなアドバイスだったから、頭によく残っていて、俺はまず冒頭を全て書き直すことにした。同時にラストに整合性を持たせる。複雑なことをやっているけど、楽しい。将来小説家になるかはまだ考えてないけど、楽しい。剣道が趣味にしかならないことに持った疑問は、今は全くない。ノバナと居るからと言うこともそうだけど、もっと素朴に楽しい。何かをするってのはこうがいい。……脱線した思考を本流に戻して、また直す。
直す時間は最初に書いたときと同じくらいを要した。俺が自分自身として納得のいく出来にまで仕上げたときにはもう夕方になっていた。
「ノバナ、終わった」
「私もあと少し」
俺は窓の外を見ながら、ノバナのペンが走る音を聞く。もう一度最初から読み直す。これ以上はない。これ以上を求めるなら、別の話を書かなくてはならない。
「お待たせ」
早速読み合う。今回はお互いのをお互いに読む。
「ノバナ、断然よくなってるよ。不思議な世界観と、説得力のある描写が同居して、まさに今俺が首を吊ろうとしていたんじゃないかって錯覚するくらい。ノバナの作品には空想の余白がしっかりあるね。夫の人柄を勝手に俺が作ってるもん。そして、助けられたのは、夫の愛だね」
「やったね。努力し甲斐があるね。リュータのも全然違う。冒頭が全然説明的じゃなくなった。メラニンの話は全部抜いたんだね」
「思い切って」
「でもまさか、失恋をするシーンそのものを入れて来るとは思わなかった。インパクトもあるし、ひととなりも分かるしで、すごくいいと思う。むしろそう言うスタートだからこそ、白いひまわりとの出会いが意味のあるものに思える。本文では一切そう言うことは書いてないけど、私はやっぱり意味のある出会いだと思うんだ」
「余白、やってみた」
「成功しているよ。これからも色んな表現をしていこう。でさ、二本目なんだけど、直し、する?」
「一本目と同じようなところが出来てなかった作品だもんね、ノバナが嫌じゃなければ、ボツでいいんじゃない?」
「だよね。直さないと、成長しないんだね」
「だから俺は書きかけの三本目も一旦ボツでいいと思う」
「ごめんね、計画性がなくて」
「全然。ノバナが一人でやる合宿じゃないから。二人でやってるんだから」
「そっか」
「ねえ、ノバナ、合宿が終わったら、完成まで行った小説だけ、文集みたいにしようよ。コンビニでコピー取って閉じるだけだけど。どう?」
ノバナがこっちに身を乗り出す。
「大賛成! でも何本書けるかな」
「それは明日からの頑張り次第だよ」
「そうだね。そろそろ今日は終わりにしようか。夜合宿はなし。もちろん自主練は許可するけど、ちゃんと休むのも合宿の内であることを忘れないように」
「了解」
施錠して、鍵を返して、一旦部屋に戻る。ベッドに座ったら、重力が増えたのかと思う程の疲労が体にのしかかって来た。これは食事を摂って、風呂に入って、早寝が必要だ。合宿の最大の特徴は、そのことだけを中心に生活をすると言うことだと思うから、今日を含めて三日間はそのように生活しよう。
食堂にノバナはいなかった。先に風呂かも知れない。もし居ても、おしゃべりをする余裕が俺にない。
本当は世に出した最初の作品について言うべきだけど、俺の処女作は『白い涙』だ。今のところは。いつか、世に出すこともあるのだろう。どうやって出すのかは全然分からないけど、それこそ文芸部のノバナは知っている筈だ。
手早く食べて、風呂に入る。
こんなに熱中して一日を過ごしたのはいつぶりだろう。真山白馬の本を読むことに没頭しても一時間以内だから、一日中の熱中には程遠い。人生のどの部分においてもこれくらいの持続力のある熱中とは出会ったことがない。そして多分これは明日も明後日も続き、三日続けばもうそのままずっと続くことになるのだと思う。
風呂から出たら、疲労感が大分取れた。いや、疲労の質が変化したと言った方が正しいかも知れない。俺は疲れているのは疲れているのだけど、芯に食い込むような、骨に疲労がまとわりつくようなそれではなく、もっと浮かされた感じの、流れて出てゆくようなものに変化した。寝ればその流しが発生して、起きたら回復していると思えるような。
だからと言って、本を読もうと言う気になれない。今日の分の活字はもういいだろう。
俺は音楽を聴く。これまでも何度となく聴いた音楽なのに、瑞々しさがずっとあって、発見があって、そして色々こころに浮かんだ。昨日の食事もそうだったけど、感受性がシモンさん以降、開いているのだと思う。早目に床に就く。
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