文芸部員の俺は小説がなんも思いつかないので取材として学校一の美少女後輩と付き合うことになった

滝川 海老郎

取材で彼女

「はあ、なんも思いつかん」


 俺は文芸部の机の上にあるお下がりパソコン上のエディタ画面を見つめてつぶやいた。

 エディタの編集画面は真っ白で、何も入力されていなかった。

 ただ縦棒のカーソルがその位置を主張するように点滅している。


「フミハル先輩、締切まではまだですけど、ちゃんと書いてくれないと、コハルとしては困っちゃうな」

「そう言われても、うん。まず、題材からして思いつかない」


 俺は首を振って伸びをする。たまには体を動かさないと、パソコンを長時間使っていると体がこわばってしまう。


 コハルがこっちに笑顔を向けて、口を開いた。


「先輩さあ、恋愛小説、ラブコメとかどうですか。短編でいいんですから、ワンシチュでも理想の恋愛とかないんですかね」

「んなもんない。ラノベはたくさん読んだが、じ、自分でややこしい恋愛とか彼女とかそれから三角関係とか、ハーレムとかごめんこうむりたいね」


 小説、ラノベの恋愛ものも悪くない。軽い全方向好意の塊から、切ない恋まで、読むのはいい。

 しかし、自分には無理だ。

 もちろん経験もなく、書くとしても、いまいち想像すらできない。


 人生の中で、その先も恋愛するイメージがまったく思い浮かばない。

 もちろん、小説を書きたいのだから、自分ではなく登場人物が恋愛してくれればいいだけなのだけど、それがまた難しい。

 恋愛以前に、他人を「好き」だと認識したことがないのだ。

 そりゃあ女の子は好きだし、異性としても認識はしているけど、それは恋愛未満の何かでしかない。

 好ましいとは思っても「好き」という感情には程遠い。客観的感情というのだろうか。


 このコハルだってそうだ。漢字はフルネームで真山小春、普通科一年三組。

 肩まで伸ばしたさらさらの黒いセミロング。丸くて柔らかそうなほっぺは単純に可愛いのだろう。

 背は低いが、おっぱいは丸くて大きく女性的だ。

 性格も温和で、見た目は今風だけど、趣味はオタク的なラノベ大好きウーマンらしい。

 第三者視点的に見れば、かなり魅力的な女性だと思われる。


 だか、それだけだ。


 文芸部は受験で忙しい幽霊部員の三年の先輩を除けば、彼女と俺しかいない。

 たまに耳にする噂では俺達は付き合っていることになっているらしいのだ。

 たしかに学校がある日はほぼ毎日、部活に出席して二人で活動して、一緒に帰っているから、誤解されるのも仕方がないと、半分諦めている。

 反論するのも面倒くさいし、否定してみれば、ノロケだと思われた挙げ句「羨ましい」とまで言われる始末だった。


 まあ小春女史は一年生で一番の美少女と呼ばれている中のひとりなので、致し方ない。

 一番なになにの中のひとり、という表現は意見が対立したときに非常に便利だ。

 他にも真の一番の候補が数人いるらしい。俺は興味ないから知らない。


「先輩、何ブツブツ言ってるんですか。手は動いてないじゃないですか」

「いや、コハルが学校一の美少女で、俺と付き合っているってことになってんだよな、と回想してて」

「そんな、ちょっと、恥ずかしいですよぅ」

「悪い、コハルが俺を好きとか、そんなことあるわけないもんな、すまん」

「そんなあ、うーん。ゴニョゴニョ」


 俺は再び原稿のことを思い出したので、画面を見つめる。


 隣の席のコハルは同じようにパソコンに向かって作業中だが、キーボードをカタカタさせて何か入力しているようだ。その音が聞こえる。

 キーボードの入力音はなんでか安心する音だ。

 小さめの雨のザーザー降る音に通じるものがあると思う。


 入力するものがなく暇なので、ネットでニュースなどを見てネタ探しもしくは暇つぶしを開始する。


 ふむふむ。また国会では揚げ足取りの言葉遊びに夢中のようだ。言った言ってない、それから発言責任がどうのこうの、失言がどうの。

 こういう失言の会話劇に、のらりくらりと批判を躱すターゲットという短編はどうだろう。ちょっと難しすぎるか。それにブラックユーモアは人を選ぶから不味いか。


 ん。あれ、なんか気がついたら背後にコハルの気配が移動している。

 しかも近い。近いというか、その、背中に柔らかいたぶんアレが二つ、当たっていて凄い柔らかくて温かい。

 温もりを感じる。


 俺は声も出ない。どうしたらいい?

 なんとか声を絞り出す。


「どうした、コハル?」

「あのね、フミハル先輩ってニュース見るくらい題材も思いつかないんですよね」

「う、うん」

「私と、その、恋愛して恋の経験とか、してみたくないですか、その、私、そういうの初めてで、うまくできないかもしれないけど、是非、先輩と一緒に恋愛小説の取材したいというか、なんていうか……」

「あ、うん」


 ぎゅっと後ろから抱きしめられた。

 コハルの息遣いが耳元で感じられるほど近い。


「駄目ですか?」


 甘えるような高い声音で、でも少し不安のあるような成分が混ざっていた。


「わ、わかった。小説の取材な、二人で恋愛小説の」

「そうです。あはは、あは」


 コハルはちょっと嬉しそうだ。


「で、取材って言っても何したら」

「そうですね……」


 コハルは人差し指を口の前に当て、んむむと唸った。


「まずはデートでしょう。帰りましょ。それからノエル・デ・ミラージュによってパフェを食べるんです」


 思ったよりグイグイくるコハル。

 俺となんていつも一緒にいるのに、その上一緒にパフェなんて食べてどうするのやら。

 しかしまあ、経験は経験か。よし、小説の参考にするぞ。


「じゃあ、帰りましょ」

「おう」


 二人で部室を閉めて、靴に履き替え、いつものように校門から出た。


「よし、では先輩、はい。左手出してください」

「なんで?」

「手をつないで帰るんです。さあ経験ですよ、取材です」

「わ、分かった」


 俺は左手をハルコとつなぐ。

 女の子の手って柔らかいんだな。初めて知ったよ。

 それに温かい。なんだか安心する。

 女の子が手をつなぎたくなる気持ちも分からんでもないな。



 あのコハルが彼女か。何も思ってもなかったけど、毎日一緒にいても、嫌ではないのだから、相対的に見れば好きと言えなくもないか。

 彼女と言ってもあくまで取材だけどな。


 パフェについた。

 コハルはイチゴのパフェを、俺はモモのパフェを注文した。


「先輩、先輩、試食させてください。あーん」

「ああ」


 まさか自分があーんをさせるとは思わなかった。


「はい、あーん」

「あーん。おいちい」

「そりゃあ、よかった」


 コハルの女の子らしい美味しそうな満面の笑顔は気持ちがいいな。

 こちらまで幸せな気持ちになりそうだ。なるほど参考になる。


「次は私が食べさせてあげますね」

「お、おう」


 まさか自分があーんするとは、思わなかった。


「はい、あーん」

「あーん。うん、美味しい」


 凄い恥ずかしいなこれ。

 美味しいけど、これスプーン共有の間接キスでは。

 そう思うと内心とても恥ずかしいな。


 よく見ると、コハルも耳の先が真っ赤だ。

 口もニヘラ笑いになっている。

 めちゃくちゃ幸せそうだな、ただの取材なのに本気出してるなコハル。


 なんとかかんとかパフェを食べ終わる。

 二人で手を合わせる。


「「ごちそうさまでした」」


 さて帰るか。お店から出て、ここからは別々だ。


「では、また明日」

「さようならです。先輩、最後にこっちに向いてください」


 コハルの正面に立つ。

 夕日に照らされたコハルは、天使のように可憐で綺麗だ。


 そして一度、まばたきをして目を閉じた。


 流石の俺でも知っている。キス待ち顔だった。


 取材だもんな、キスぐらいしないと経験にならんよな。


「んっ……」


 俺はそっとコハルと唇を合わせる。

 唇も柔らかいんだな。

 ちゅっと触れると、今度はついばむように押し返してくる。


 ちゅっちゅっと、数回触れ合い、キスが終わった。


 なるほど、こういう感じなのか。これは参考になりそうだ。

 俺でさえ心臓がバクバクしている。


 ハルコを見れば、目をうるうるさせて、こちらを見つめて微笑んでいた。

 ハルコも取材が参考になって、その経験に感動しているのだろう。

 いい小説が書けるといいな。


「じゃあ、さようなら」

「はい、先輩、また明日。さようならです」


 ハルコはくるっと向きを変え、走って去っていった。

 その足取りは、なんだか軽そうだった。



 この日、俺、田辺文春は真山小春と、取材として、付き合うことになったのだった。

 取材は明日からも続く……。


(了)

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