第10話 ふっ、神速の剣聖とは俺の事よ。え? 女じゃねぇし!2

「全く、酷い目に合った」

 

 時間にして僅か数分だったが、なんだかどっと疲れたような気がする。

 あのおばさんは俺が偽物だとか偽造したカードを持ってきたなどとは一切考えていなかった。

 むしろSランクは大抵ぶっ飛んでる人ばかりだから見た目では判断しないと。

 ついでに言えば二つ名に「神速」が付いているのだから、神速の剣聖は小柄な人物だと予想していたそうだ。

 最終的には笑いながら謝られたけれど、本当に男とは微塵も思わなかったらしい。


「いやでもそんなに男に見えないか……?」

 

 ふと両手を見てみると、そこに見えるのは男らしくない細い腕。

 姿見はないから顔がどうなのかは分からないが、声は最低でも四年間は変わらないまま。

 

「やっぱ男と言ったら筋肉だもんなぁ」

 

 服を脱いで身体を見ると若干腹筋が割れているのみで男らしさのかけらも存在していない。

 ペタッと胸においてみるとそこにはぜい肉も筋肉もなく、あるのはただただ平坦な感触と骨。

 確かにこれなら俊敏も上がるだろう。

 

「いやでもなろうと思ってこうなったわけじゃないしなぁ……」

 

 俺が目指していたのは手数で有利に立ち回る剣士ではなく圧倒的な力で敵を薙ぎ倒す剣士なのだ。

 俺もその目標目指して日々筋トレから走り込みまでできる努力は繰り返して行ってきた。

 それでも筋肉は一切つかないしそれどころか更に引き締まって細くしなやかに変化してしまった。

 まるで、俺の戦闘スタイルに適応するかのように引き締まった身体は確かに女性的かもしれない。

 

「で? お前は何なんだよ」

「ななななななっ」

 

 俺が見た先にいるのは顔を真っ赤にした少年。

 先ほどから「な」しか喋らない。

 

「な?」

「ななな、なんで女が男にいるんだよっ!」

「だから! 俺は――ん? ほほう……」


 この少年は俺を女と勘違いしていたくせに俺を凝視していたということ。

 つまりむっつりスケベに違いない。

 ちみっこが照れながら間違えてますよって言ったら男と教えるが、むっつりスケベに慈悲はない。

 面白いことを思いついた。

 いつもいつも俺ばかり責められて弁明するなんて不公平だろう。

 間違える方も悪いのだ。

 俺は、声を若干明るめに調整する。


「なんでって、ここが女湯だからに決まってるじゃん。君、間違えて入ってきちゃったの?」

「な、え、あ、う、嘘だ! 俺はちゃんと確認したぞ!」


 戸惑うむっつり。

 勿論嘘だ。

 だって俺男だし。

 

「えー、ホントに? 私が見た時は女湯って書いてあったんだけど、見間違いだったのかな?」


 人差し指を顎に当てながら、こてん、と首を傾げてやる。

 どうだ! 俺が今までで可愛いと感じた動作の集大成……!

 ちらりと少年の方を見ると、ボケーッとした顔で俺を見つめている。

 これは、惚れたな?


「お、おお俺はちゃんと確認した!」


 少年はハッと我に返りそう言い返してきた。

 まだ戦うか。

 これほど真っ赤になっても間違っていないと主張するのか。

 俺だったら間違っていましたと言って出て行くに決まっているのに。

 まぁ、ここは男湯なんだけど。

 ここらでネタばらししようと思ったけれどやめた。

 だってこいつ俺の胸板凝視してるし。


「君はここら辺に住んでるの?」

「い、いや! 昨日この街にきた! お、おお俺は冒険者なんだぞ!」

「ふーん、そうなんだ。ちなみに、ランクは?」

「ふ、ふふん。俺はもうDランクなんだ。もうレベルⅡダンジョンだってクリアしたんだぞ!」

 

 冒険者一人の評価は全員の評価につながる。

 もしも自分が偉いと思っているのなら、それは違うと指導する必要があるけれどこれは俺に見栄を張るために言ってるように見えるから問題ないだろう。

 好きな人に見栄を張りたい気持ち、分かるかもしれない。

 まぁ、チラチラと俺の胸らへんを見ながら言ってるせいで全てが台無しなんだけど。

 まぁそんなことはどうでも良くて、俺が知りたかったのはこの街の人間なのかどうか。

 つまりこの銭湯に詳しいのかどうかだけだ。


「話は変わるんだけど。この銭湯ってさ、男湯と女湯が一日ごとに入れ替わるんだよね」

「なっ……う、嘘だ! そ、そんな話聞いた事無いぞ!」

 

 勿論嘘だ。

 毎日入れ替えていたら間違える人が現れ大変なことが起きるだろう。

 この少年のようにね。

 いや、ここは男湯なんだけど。

 

「ほら、男の冒険者と女の冒険者って男の方が圧倒的に多いでしょ? だからどうしても男湯が汚れやすいから女湯にする二日に一回洗うんだって」

「な、それは……でも! 俺の地元ではそんなシステムなかったぞ!」


 ウォルフの街にも無かったぞ。

 もっと言えばこの街にも無い。


「それはそうだよ。だってこの街の別称は何?」

「だ、ダンジョン都市」

「そう。だから冒険者の数も多いの。君の地元と比べてどっちの方が多い?」

「ここの方が多い……」

 

 その答えから真実を導き出した少年は、真っ青な顔でこちらを向いた。

 真実に気がついてしまったようだな。

 その真実は勿論嘘だけど。

 

「な、なぁ。どうしよう俺……!」

 

 助けを求めるような、縋るような声になってしまった少年に俺は慈悲深い声で言う。

 

「大丈夫。君はまだ未遂でしょ? 事情をしっかりと説明すれば誰も君を責めることはないよ。きっと最近街にきたSランク冒険者だって庇ってくれる。フランっていう爆炎姫っていう二つ名のSランク冒険者は俺――じゃなくて私の親友だから頼れば助けてくれるはずだよ」

「うわあああああっ! ごめんなさああああい!」

「その後、少年の姿を見たものは誰もいなかった。なんちゃって」

 

 少年は走り去り、俺の心は清々しい。

 むっつりスケベは退散した。

 まぁ、勿論全て嘘だ。

 いや、最後は嘘ではない。

 そもそも少年は男湯にいたのだし責められることはない。

 そしてフランはなんせ元パーティメンバー。

 むしろ親友よりも繋がりは深いかもしれない。


「うっし! 冷えてきたしあったまりますか!」


 ガラガラっと浴場に続く扉を開く。

 その瞬間、大量の視線が俺に集まった。


「「「!?」」」

「うん?」


 おっと、さっきまでのが癖になって首をコテンとしてしまった。

 つまり今の俺は超かわいかったわけで。


「「「なな、なんで男湯に美少女が!?」」」

「そのネタもういいよっ!」

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