コロナウイルス下の社会でストレスのはけ口となった男がタイムマシンに乗って過去を改変する、ショート・ショート

明鏡 をぼろ

コロナウイルスを止めに過去へ

 Covid-19の蔓延から30年がたった今も、世界は感染を阻止できていなかった。




 ウイルスの波は人から人へと波紋状に伝わり、各国がいかなる政策を施そうともその流れを止めることは出来なかったのだ。


 人口の二割が毎年このウイルスに連れていかれる。去年はとうとう合計人口における死亡数が出生数を上回ってしまっった。




 人類史は直に終末を迎えると宣告する者もいた。




 ウイルスによる退廃が進むにつれ、問題は責任の所在と問うものへと大きく転嫁していった。いや、もとよりその面は強かったが、皆のストレス溜まるにつれそのはけ口として生贄が必要になったのだ。あの国が悪い、いやこの国であのウイルスは生まれたんだ。そんな水掛け論のような論争を国家の代表同士が真面目に発言するくらいには、この世界は疲弊していた。




 そんな中、私も尋常ではない被害を受けた1人だった。


 偏見と差別から来る虐待、毎日聞こえる罵声。家を壊され、何度引っ越したかもわからない。しかしどこの村に移動しても、私はまたしても同じ酷い扱いを受けたのだ。


 それは社会に属した人間のやることとは思えない、まさに素の人間の姿であるような所業だった。




 妻子はとっくに家を離れ、残るのはこの隠れ家だけだ。


 生まれつき私にとりつくこの忌々しいアイデンティティと、人間の卑しい恐怖心が形となって、このような扱いを私は受けた。




 営業していた店はとうに潰れ、顔が知れ渡ったためにどこに行っても同じような扱いを受ける。そもそも社会が受け入れてくれない、その社会すらもはや存在しない。




 スケープゴートというレッテルを張られた私に社会への参加など、ほぼ永遠に認められないのだ。




 忌まわしいウイルスめ。お前のせいで私の人生は台無しになったんだ。


 私は我慢など最初からしていなかった。そんなことをしていては早々に自我が崩壊するだろうと踏んだからだ。


 よって私は、その恨みと悲しみを全てこの日のために捧げることにした。


 社会に蹴落とされながらも、私はその望みを絶対に捨てなかった。この思いは一秒たりとも離すものかと、そのかすかな希望に必死にしがみついたのだ。その点ではまだ私は人であっただろう。




 毎日の苦痛に耐えながら努力すること28年、遂に私は自身を救う方法を発見できた。これさえできれば、もう私が差別を受けることは無い。皆のストレスのはけ口にされることも無い。




 私は発明したのだ、タイムマシンを。これを使って過去に飛び、ウイルスの蔓延を防ぐのが目的だ。そうすればウイルスが人々を蝕むことは無くなり、世界は救済されるだろう。


 これは私一人の怨恨のためでもあるが、それ以上に世界を救うための大切なことなのだ。私一人の腕にこの人類の存続がかかっている。




 おそらく、過去を変えれば今の世界は無くなるだろう。過去を変えるとはそういうことだ。私の独断ではあるが、私はこれをよしとした。今の世界に意味などない、こんな世界より、より良い世界を創りだすことが出来るのだから。私がやることには意味があるのだ。


 私は一人の人類として、科学者として、この機械に乗り込むことを決心した。




 時間は早いほどいい、時間移動が安定するからだ。


 抗ウイルス剤と必要最低限のものを持って、私はタイムマシンに入った。




 飛ぶのは27年前の2023年。この頃にすでに私はタイムマシンの着陸台を完成させていた。最も過去の戻れるのがこの時間なのだ。既に感染者数は多いが、ここから止めればまだ今のような結末は防げる。ギリギリ人類が存続できる範囲内だ。




 機械のスイッチを入れ、席に座った。後はすべてAIが行ってくれるので、私は最後に時間移動開始のスイッチを押すだけでいい。




 ふと液晶の横にある家族の写真が目に入った。家族三人で肩を組んで笑う。こんな当たり前のことも私には許されなかったのだ。どうにかしてでも、過去を変えなければいけない。




 機械が最終準備の完了を伝えてくれた。後はスイッチを押すだけだ。


 ワープの成功確率は99.9%、ほぼ確実だ。私は残りの0.1%を気にするような男ではない。




 私はもう一度自分を諭した。これは私のため、家族のため、そしてなによりも地球と人類のためである。これは必要なことだ、過去を変えることは決して間違っていない。




 最後の肝入れが終わると、私はスイッチを押した。


 マシンが光に包まれ、ぱっと視界が消える。






 次の瞬間には、私は懐かしい地下室にいた。成功したのだ。




 さて、感傷に浸ってはいられない、私はシートベルトを外し、扉を開けた。


 懐かしい地下室のにおいが戻ってくる。ここも昔、私がいるというばかりに全て焼き尽くされてしまったのだ。酷い偏見と差別だった。




 しかし、そんな思いはもうしなくて済む。私はわずかな緊張と大いなる興奮を抱えながら、懐かしい階段を上っていった。




 上った先にある自室を見て思わず涙がでた。あぁ、これが元あるべき世界なのだ。




 しかし私がそう実感したその直後、私は驚愕の事実を発見した。


 新聞。おそらく今日の物だろう。この頃の私は新聞を購読していて、その日の物はずっとテーブルに置いていたのだ。




 私は驚いた。驚いたのはその日付――2019年12月15日。


 おかしい、何故こんなにずれが起きたのか。更におかしいことはもう一つある。私はこの段階ではまだタイムマシンの着地台を完成させていないはずなのだ。


 なにが起きたのか、私にはさっぱりわからなかった。




 そしてさらにおかしいことに私は気が付いた。15日、この日は日曜日であるため私は家にいるはずである。おかしい。普段外出などしない私だが、この日になにか特別な用事などあっただろうか。




 記憶をたどるが、20年も前のことなど思い出せるはずがなかった。




 仕方なく、私は部屋の探索から始めた。幸い配置は覚えているため、非常にやりやすい。そしてその過程で、私は一枚の便せんを見つけることができた。しかしその便せんはあろうことか、私当てだったのだ。いや、この時代の私ではない、はっきりと未来から来た私へと当てられているのだ。




 私は恐る恐る便せんをを開いた。




「未来から来た私へ


ようこそ!2019年へ。君が来ることは予想していたよ。


(未来の自分を君と呼ぶのはこう、なんだか恥ずかしいんだな)




その予想に沿って、今回私は来るであろう君に手紙を当てたわけだ。安心してくれ、決して未来を覗いたりしたわけではないよ。




 さて、テンプレートではあるが、話すことは二つ、良い事実と悪い事実がある。ここはハッピーエンドにするために、悪い事実から伝えるとしよう。なに、そこまで深刻な話じゃない。




 はっきり言うと、君の今来ている過去は君の元居た過去ではないんだ。足の開いたコンパスを連想してくれ。もともと君は未来、コンパスの持ち手の部分にいたと考えてくれ。そして本来の君の過去であるのはコンパスの針に当たる部分だ。しかし、残念ながら君は鉛筆の方の過去に来てしまったんだ。過去は複数あるが、未来は一つに決まっているため君はこちら過去へもたどり着くことが出来たわけだ。


 こちらの世界の君は、つまりこの手紙を書いている僕は(自分で言うのもなんだが)かなり優秀で、タイムマシンもとっくに開発しているし、この世界とは違う選択をした今を見ることもできる。例えば世界大戦が起きなかった場合の今とかね。そして面白いことに、どの場合の現実も一度どこかで収束するんだ。つまり、コンパスの鉛筆と針の両方がたどっていけば両方持ち手の部分に繋がるように、この様々な選択を経た世界もいつかは同じような未来になるわけだ。そしてそこから再び分岐が発生する。不思議だろう?




 さて、いいニュースだ!きっと今の君の不安や絶望は全て晴れるだろう。安心したまえ。




 さっき言った通り、私は違う場合の今を見ることが出来るんだ。私は知ってしまったんだよ、新手の脳を侵すウイルスが君が元居た過去では蔓延していることを。私はこれはいけないと判断して、早速対処に向かうことにした。私はワクチンを作り、それをそちらの過去で感染者に与えるという計画を立てたのだ。どうだ、すごいだろう?今君がこの文を読んでいるころには私はとっくにそのウイルスを撲滅しているだろう。めでたしめでたし。




 さて、話はこんなところで終わってしまうわけだが君に一つ質問したいことがある。私の発明したAIは、君が過去へ戻ることを予測したわけだ。君がこちらに間違えてくる場合も備えて置手紙を残したわけだが、どうして君は戻って来たんだい?


  まさか私のワクチンに欠陥があったとか?やめてくれよ冗談は。失敗して別のウイルスに変性する確率はせいぜい0.1%、私がそんな小さい可能性を気にするような男じゃないことは知っているだろう?それにせいぜい変性したとしても軽い肺炎を発症させるウイルスになるだけだ。そんなものはどうせ人間の免疫でどうにかなる。




 そういえばワクチンお話だがね、勝者の象徴と言えば王だ。そう、冠だよ。私は今回ちょっとした遊び心でワクチンの形を冠にしたわけだ。え?なぜかは分かるだろう?この素晴らしい我々のアイデンティティが世界中に知れ渡るようにしたのだよ。きっと世界の研究者たちはいつかワクチンに気がつき、その形から僕らの名前ををつけるだろう。素晴らしい計画だろう?いやいや、お礼なんてものはいらないよ。私は今大きな誇りを持てているのだから。




                   何年か前の君より。アーバカン・コロナ」

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