そんなに僕は不快な存在ですか?

ちびまるフォイ

嫌なら見るな! 嫌なら見るな!!

僕はゴキブリを見たことがない。


性格にいうと「ゴキブリの実体」を見たことはない。

表現規制でぼかされているゴキブリは出たことがある。


ぼかされているので姿形はおろか色すらわからない。


なんでも、僕より昔の「表現規制なし」の世界にいた人たちは

このゴキブリとかいう生物の姿があんまり気持ち悪いもので

表現規制対象として決めたらしい。


で、今ではゴキブリの本当の姿を見ることはできない。


図鑑を見ても、ネットで画像を探しても、

実物を見たという昔の人に目の前で絵を描いてもらっても。


それらはすべて表現規制の膜が一枚挟まれるので、

やっぱり正体を見ることはない。


「昔の人が生理的に気持ち悪すぎるってことで

 せっかく表現規制したんだから見る必要ないじゃない」


「まあそうなんだけど。禁止されると見たくなるというか」


「前世が芸人だったの?」

「ありのままを見れないまま死にたくはないから」

「なんだ氷の女王だったのか」


まだ表現規制があまあまだった人に話を聞いてみても、

みんな答えは同じだった。


「見ないほうがいいよ。見て後悔するだけだって」


「そんなに気持ち悪いものなんだ」


「そりゃね。表現規制ができてほんとよかったと思うよ。

 昔は実物を直視しなくちゃいけないから不快すぎて泣くほどさ」


「うわぁ……」


僕が小学生になる頃にはすでにエッチなものも規制対象になっていた。

保健の教科書は文字しか読めない。


その文字も検閲に検閲を重ねられ、

花でたとえられた表現でそれとなく伝えているだけだった。


別に実際にどうなっているかと知りたいとは思わなかった。


「あ、今日は映画の再放送かぁ」


テレビをつけると昔の映画が再放送していた。

夕日を背にして二人のガンマンが向かい合っている。


ガンマン、といっても銃という凶器はぼかされている。

腰にぼかしの入った男2人というのも緊張感のない気がした。


『いいか。3歩歩いて振り向いた時、お前の<>に<>が<>するぜ』


『おもしれぇ。俺の<>がするのが早いか

 お前の<>が<>して<>するのが早いか試してやる』


言っていることはよくわからなかったが、

とにかく何かしらの勝負をすることだけは把握できた。


『1歩……』


『2歩……』


『3歩!!』



< ショッキングなシーンのため表現規制 >



「ここで!?」


ピー、という音ときれいな海に浮かぶボートの映像が流れた後

規制だらけのカウボーイが地面に倒れていた。


体内にある血というものを流しているみたいだが、見ることはない。

僕だって自分の血を見たことはない。


人の死や暴力はもちろん表現規制の対象。

それを見て不快に思う人がいるのだから当然だ。


誰もが不快にならない優しい世界になって本当によかった。


学校へ行くと友達が声をはずませながらやってきた。


「おい聞いたか? 人間にはワタが詰まってるかもしれない!」


「わた? ぬいぐるみの?」


「そうそう。信じられないよな。イカにもワタがあるらしい。

 俺たちが教えられていたことは全部ウソだったのかもしれない!」


「ぞーき、じゃなくて、ワタが詰まっている……」


「きっと大人たちは俺たち子供を騙しているんだよ」


「どうして?」


「どうしてって……なんらかの陰謀があるに違いない。

 俺たちに嘘の知識を刷り込んで、操りやすくしようとしてるんだ!」


「そうなのかなぁ」


「っと、このことは誰にも言うなよ! とくに大人には!」


「あ、ああ」


人間の体にはワタが詰まっている。信じられなかった。

でも、ケガをしたとき傷口はぼかされてわからない。


実はそこからわたが溢れていても不思議じゃない。

今まで教えられていた血が流れるというのは嘘かもしれない。


そもそもワタが詰まっているとすれば、

僕自身もこれまで知っていた人間というものじゃないかもしれない。


人間によく似せて作られたぬいぐるみAIかもしれない。

考え始めると、どんどん自信がなくなっていく。


一生懸命自分が考えたことも、

表現規制がない世界で育った大人たちから見れば

現実を直視できていないとんちんかんなことかもしれない。


「……真実を知りたいなぁ」


日に日に自分が騙されているじゃないかという不安に合わせて好奇心は強くなっていった。


背中を押されるようにして表現規制を解除する方法を探し始める。

それは麻薬の密造よりもずっと危険の伴うものだった。


それでも真実を知りたいという本能的な欲求には抗えなかった。


「できた! これで表現規制を解除できる!!」


自分だけ表現規制の網から逃れる方法を見つけた。

僕ははじめて表現規制のない世界へとたどり着いた。


「これが本来の世界……」


でも実感はなかった。

表現規制のぼかしがそこかしこで見られるわけでもなく、

90%以上が同じで10%の表現規制がなくなっても別にたいした影響はないかもしれない。


「表現規制がなくなれば見える世界が大きく変わると思ったけど

 以外にそんなでもないんだなぁ」


表現規制にかけたリスクと時間と労力に釣り合わない。

なんだか肩透かしでバカバカしくなった。


こんなことなら表現規制をわざわざ解除する必要なんてなかった。


『まもなく~~1番線を電車が通過します』


駅のホームでアナウンスが響いた。

轟音とともに電車がかけぬけるとき、すぐとなりに立っていた男が一歩踏み出した。


トマトを思い切り床に叩きつけたような潰れる音が耳元で聞こえた。

表現規制では絶対に聞くことのできない生音だった。


血と呼ばれる赤い液体がホームにとびちり、

電車は急ブレーキしたが男の人だった体は原形をとどめていなかった。


初めて見る光景に言葉が出なかった。


「す、すごい……!!」


僕の目に入る表現規制なしの情報はなにもかものが新鮮だった。

断裂した体や、ホームに細切れで飛び散った臓器。

粘り気が残る赤々とした血は鮮やかだ。


「これが内臓……ワタなんかじゃなかった。

 僕の知識は正しかったんだ」


臓器を手に取りまじまじと見つめる。

どれがなんの臓器なのかはわからないが興味深い。


「血は温かいんだ。うわぁ、すっごく赤いんだなぁ。

 これが死ぬということなんだ。すごいなぁ!」


感動だった。

こんな一瞬の時間で、これほど新しいことを見られるなんて。


やっぱり表現規制を解除してよかった。

もっとたくさん知らないことを知ってみたい。


ふと、顔を上げると青ざめた人たちが僕を見ていた。



「この人……頭おかしい!! 人間じゃない!!」

「信じられない! 気持ち悪い! 視界に入らないで!」



僕は不快対象として規制され、鏡でも自分の姿を見られなくなった。

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