第19話 太陽と月の想い
昼間アスコットが持ってきたお陰で、武器は潤沢だった。ロケットランチャーやマシンガン。手持ちの手榴弾から何から揃っていた。
ノーランマークはその中からアーミーナイフと、使い勝手の良いアサルトライフルを選んだ。トリガーを引いている分だけ連射してくれる、接近戦にも少し離れた的にも使える優れものだ。
ロンバードはノーランマークにラムランサンの部屋での警護を託すと、自分は何処かへと消えて行った。
ノーランマークは扉の前に立って、ここに来た時の事を思い出していた。あの扉を開けば、そこはきっと、あのラムランサンの身体の匂いが満ちている。
顔を合わせたく無い気もするが、同時に同じくらい会いたかった。ノーランマークは覚悟を決めてノックした。
「…ラム。オレだ」
だが返事がない。もう一度呼んでみた。
「ラム。オレだ。入っていいか」
中から何も反応が無い。焦って扉を開くとすんなりと開く。それが返って不安を煽った。部屋にはあの花の香りと共に強い酒の香りが充満していた。
視線が忙しくラムランサンの姿を探すと、机に突っ伏しているラムランサンの姿が目に飛び込んできた。
「ラム!」
慌てて駆け寄り、ラムランサンの肩を掴むと身体がぐったりと背もたれた。机の上には呑み掛けのグラスと蓋の外れたブランデーの瓶が転がっている。
「何だ、酔ってるのか?…しっかりしろラム。ラムランサン」
その身体を二、三度揺すってみたが起きる気配がない。漆黒の長いサロン姿のラムランサンは警戒心もなく、しどけない姿を晒していた。
こんな風に酔い潰れたのは多分、オレのせいなのだ。そう思うと心が締め付けられた。
「こんな所で寝るな」
困ったような切ない顔で、ノーランマークはラムランサンを見下ろしたまま暫く悶々とした時が流れた。
やがてそっと腕の中に包み、椅子から抱き上げ、その甘い花の香りをベッドへと運んだ。まるで壊れ物を扱うように丁寧に夜具をその身体の上に掛て、暫くその場に佇んだ。
「私だって…、…る。」
ラムランサンが何か言っている。聞き取れないほど小さな掠れた声を絞り出している。ノーランマークは耳を口元へと寄せた。
「私だって…識ってる。識って…る」
何を知っていると言うのかノーランマークには分からなかったが、その時、一雫の銀糸がラムランサンの目尻から伝い落ちた。ノーランマークは吸い寄せられるかのように、咄嗟にその涙を己の唇で拭い留めた。
何故いつも、ラムランサンが弱ってる姿ばかり己は見てしまうのか。まるで弱みを握るかのように。
ベッドサイドの椅子に腰をかけ、投げ出された右手を己の両手で拾い上げる。握りしめると、綺麗に揃った指に長い事口付けた。手の中で華奢に崩れる彼の手指が無性に愛おしかった。守ってやりたい気持ちとは、こう言うものなのかと思いながら、ラムランサンの少し上気した目元を見つめ続けた。
闇の中、ヒタヒタと水面が広がる場所を、足を濡らしながらラムランサンは歩いている。何処に向かおうとしているのか、何処まで行けば良いのか、月明かり一つ無い暗闇を闇雲に歩いた。世界の孤独を背負うような、寂寞とした不安を抱えながら長い間歩いた。
ふと、己の手に温もりを覚えて立ち止まる。視線を落とすと、誰かの手が己の手を握っていた。手首から先は暗闇で見えないが、覚えのある手だった。温かく包み込む様な、それでいて力強い。
私はこの手を知っている。
「あなたは誰だ!」
暗闇に消えていこうとするその手をラムランサンは必死に握りしめて追い縋った。
「待って!貴方は誰だ!私を連れて行ってくれ!」
そこでラムランサンは目が覚めた。
見覚えのある天蓋が見える。左手が馴染みのあるシーツをまさぐった。
自分の部屋のベッドの上か?
部屋が暗いせいか目覚めたばかりだからか視界がぼやける。
それともこれも夢なのか?
無意識に右手を握ると、夢の中のあの手の感触がそこにあった。
やはりこれも夢か。
恐る恐るその握られた右手を見た。闇の中で見たあの手だ。視線が腕から肩を辿る。
「…ノーラン…マーク?」
ベッドサイドの椅子に腰掛を掛け、ベッドに片肘をついてじっと目を閉じているノーランマークがそこにいた。眠っているのだろうか?精悍で端正な顔立ちを、ラムランサンはつくづくと見つめた。
これが夢ならば、永遠に覚めなければ良い。目が覚めてしまえば、この手の温もりも全てが消えてしまう。そう思うと、目覚めるのが恐ろしい。
目の前のノーランマークが消えてしまう。そう思った瞬間、ラムランサンは衝動的に目を閉じているノーランマークに口付けていた。肉感的でしっとりと熱い。夢にしてはリアルな感触に、口付けたまま間近にノーランマークの眼差しを盗み見た。閉じていたはずの彼の瞳と視線がかち合った。
「……!」
これは夢じゃ無い。
その時初めて覚醒したラムランサンが、驚きと羞恥に慌てて唇から離れた。
「何故、お前がここに…」
繋いでいた手も解こうとするとノーランマークに引き止められた。ラムランサンの掌に口付けながら見つめてくるその眼差しの熱さに、ラムランサンは堪らず視線を外した。
「まだ夜は静かなままだ」
「今夜、何かあるのか?」
「何も無ければそれで良い」
きっと何かが動いている。そんな不穏な予感を感じながらも、ラムランサンは多くを聞こうとはしなかったしノーランマークも敢えて語ろうとはしなかった。
それを聞いてしまえば、この優しさに覆われた、空気の均衡が解かれてしまう。恐らくここから先、自分達二人にこんな時間が訪れるとはとても思えなかった。
今は何も無ければそれで良い。
ラムランサンとノーランマークの心が、静けさの中で深く、重なり合っていた。
その朝。激しい爆発音が、清々しいはずの朝の空気を震撼させた。
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