第16話 面倒臭い感情

 「馬鹿も休み休み言え!」そうラムランサンに怒鳴られ、高笑いされた。

 ノーランマークにしても、よもやそこまで言うとは自分自身思いもよらない事だった。かと言って、出まかせを言ったつもりもなかった。 本心だった。

 城の丘にある岸壁の上に立って、ノーランマークはさっきの出来事を思い返し、釈然としない思いでいた。そこへ誰かがやって来る足音を聞いた。


「みーっけ、なに感傷に耽ってんだよっ、ここに来たのはお宝目当てなんだろう?そうなんだろう?

で、何を狙ってんだ?もうやったのか?

なあ、お前の魂胆を教えろよ。場合によっては手伝っても良んだぜ?」


 やって来たのは喧しいアスコットだった。己の肩でノーランマークの肩を小突きながら、今から悪巧みのヒソヒソ話しでもするかのように身を寄せて来た。


「何だ、もう帰ったんじゃなかったのか?荷下ろし済んだんだろう?さっさと帰れよ!」


 ノーランマークは素っ気なく突き放した。


「つれないなあ〜、俺とお前の仲だろう?

まさか、あの三日月に本気で惚れたとか言わないだろう?」


 軽口の裏に、本音が隠されていた。ノーランマークの心中を探るような眼差しは、暗く鈍い光が息づいていたが、自分の感情に手一杯のノーランマークにはそれを推し量ることは出来なかったのだ。


「お前には関係ない事だ。詮索するな」


 ノーランマークはそう言い捨てると、鬱陶しく肩を抱き寄せて来る相手と距離を置く。すかさずその距離を縮めて来るアスコット。


「なあ、お前にはあいつは似合わないって。それに、三日月はお前と来るとも思えない。お前はこんな所で腐る気か?楽しい所に戻ろうぜ?」


 ラムランサンを識る前ならこれは甘い囁きだが、今のノーランマークには悪魔の囁きにしか聞こえない。顔を背けるノーランマークにじれたアスコットは、悪ふざけを装って抱きついて来る。

 ノーランマークは足元を崩し、がたいの良い男二人が、縺れるように地面に崩れた。抜け目の無いアスコットは、間髪入れずノーランマークに口付ける。その様子は、はたからみれば愉しげにふざけ合っている男二人の光景にしか見えなかった。


 この光景に、二人の預かり知らぬ所で、心中穏やかざる者がいた。城の塔からその様子を見下ろしていたラムランサンだ。二人の世界に異物が入り込むような不快感に襲われ、初めて見舞われる感情に混乱していた。

 第三者の思わぬ出現によって、意外にも己の心に、ノーランマークが深く喰い込んでいた事に狼狽えた。制御できると思ったのに、この心の騒めきは何だろうか。神の申し子と言えども、こと恋愛に関しては無垢であった。ここ数日の心の変化に追いつけ無い自分が恨めしかった。

 

あの男とはどんな関係なのか。

あの男のことをどう思っているのか。

あの男と何度寝たのか。

あの男と自分とどちらが好きなのか。


 ノーランマークの事を考えまいとすればするほど、そこら辺の男女の恋愛と何ら変わらない考えが次々と湧いて来る。

 

「私は神の申し子だ!こんな感情は認めない!認めない!!」


 胸苦しく胸元の衣服を掴むと、石壁に背凭れ、ズルズルとその場に蹲み込んでしまった。


「そんなにお悩みになるなら、どうして素直にノーランマークに向き合わないのですか?神託がそれで揺らいでしまうと、そうお考えなのですか?」


 塔の螺旋階段を上がって来たロンバードの登場に、ラムランサンは驚きもなかった。何故なら昔から影のように自分の隣には、ロンバードがぴたりと張り付いていたからだ。彼は自分の手足であり、目であり、耳であり頭脳だった。

 そんな男でも、今のこの己の苦しみは、分かち合え無いだろう。ラムランサンにもその事はよく分かっていた。


「タカランダの神や祖先と、あの男が釣り合いになると思うか?ロンバード。全てを引き換えて、選ぶ価値があると思うか? あんな遊び人と!」


「そうですねぇ。私にも即答は出来ません。ノーランマークと言う男を私は深く知りませんので」


「それなのにお前の後釜に据えようと思ったのか?

無理だ。ノーランマークには。彼の生き方がある」


 しゃがむラムランサンに、ロンバードは立つようにと手を差し出した。


「ならばもう、答えは出ているのでは無いですかな? ですが、ノーランマークはどう考えているのでしょうね」


どう考えているのでしょうね。

 どう考えているのでしょうね。

  どう考えているのでしょうね。


 ロンバードのその言葉だけが、繰り返し頭の中に巡っていた。たった一度の気まぐれな情交が、こんなにも手痛い感情を生む事をラムランサンは知らなかった。そして、自分の宿命の深さを呪わずにはいられなかった。あの男とここを出ていけと言ったのは他ならぬ自分だ。遠ざけても遠ざけてもノーランマークが自分の心から追い出すことが出来ない。ラムランサンの心は振り子のように大きく振れていた。





 

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