第15話 スーパーウエポン「アスコット」

 「何でお前がここにいるの?!」


 彼の開口一番だった。武器商人もとい貿易商のアスコットはノーランマークの不貞腐れた顔を見るなり驚いて叫んだ。心からの驚きがその表情に浮かんでいた。


「それはこっちの台詞だ!なんでこんな所にまで出張って来てるんだお前は!おまけに貿易商だと?しがない武器商人のくせに!おこがましいと思え!」


 ノーランマークが船着場に出られたのはここに来てから初めてだった。今日は城と船着場を隔てていた鉄柵が上げられ、アスコットの船から荷物を運び出すのに駆り出されていたのだ。

 知り合いとは思えないほど素っ気ない態度で、人足から手渡される荷物を淡々とノーランマークは積卸していた。


「彼、なんでここに?」


 伝票と照らし合わせているイーサンにこそっと近寄り、アスコットはひそひそと耳打ちした。


「ラム様にとっ捕まって下僕にさせられたんだ。

な?ノーランマーク」


うるさい!取っ捕まったフリをしてやっただけだ!

そう心の中で文句を垂れながら、イーサンの言葉に不機嫌を隠す事なく無言になっているノーランマークを、ニヤニヤと珍しい物を見る目つきでアスコットは観察していた。


「あんたらしくないな、捕まったのわざとかな?あ、分かった!何か目当てがあるんだろ?な?そうなんだろう?いや〜それにしても懐かしいね!五年?十年ぶりだっけ?」


 働くノーランマークを追い回しながら、一人でベラベラ喋りまくっているアスコットをひと睨みし、最後の一つを必要以上に乱妨に床に積み下ろした。


「ああっ!そっとだ!一応火薬ものなんだからね!」


 目ざとく卒のないイーサンに、ノーランマークは怒られるがまま、黙々と従う様子にアスコットが驚いているようだった。


『あんたキャラ変したのか?自分のためにしか働かない男だったのに!驚きだ!素晴らしい!」


「お前は全然変わらんなあ。相変わらずペラペラと薄っぺらく喋りやがって。今日は真っ当な武器を運んで来たのか?」


 淡々と話しながら、派手な格好のアスコットを侮蔑気味に眺めた。


「あ、分かったぞ?まだ怒ってんのか?サブマシンガンの事。もう何年も前のことじゃないか〜、アレは俺も騙されたんだって、今はスキルも上がっていっぱしになったんだぜ?

兄さん?」


 馴れ馴れしくノーランマークの肩に腕を掛け、軽薄そのものの笑みを浮かべ、彼の頬にキスをして来た。

 ノーランマークは不機嫌な上に不愉快を塗り重ね「よせ!」と肘でアスコットを突き飛ばした。


「兄さん?」


 二人の背後から声がした。

振り返るとロンバードを伴ってラムランサンが船着場へと姿を見せた。


「どーも、毎度ありがとうごさいます!しかし、こんな猛獣を手懐けていらっしゃるとはおみそれしました!」


 アスコットは親しげに、隣のノーランマークの肩を抱いて彼を指差した。


「今、兄さんと言っていた様だが?」


 ラムランサンはノーランマークを一瞥しただけで、何の感慨も湧かない体でアスコットの方に話しかけた。


「オレはお前の兄貴なんかじゃない!同じ修道院で育ったってだけだ」


「冷たいやつでしょう?商売上の恨みをずーっと忘れないんですよ、この男は」


 そう言うと、アスコットはノーランマークの両頬に手をあてがうと、自分の方に顔を向かせてこう言った。


「代償は俺の身体で払ってやったじゃん?忘れちゃった?寂しいなあ」


 ラムランサンの目の前で昔の古傷に触れられて、瞬間的にノーランマークは焦った。一番、今聞かれたくない人間の前で一番聞かせたくない話をふられた。


「黙れっ!イイ加減にしないとぶち殺すぞ!きさまっ!」


 この箱の中の何よりも恐ろしいスーパーウエポンの登場に、ノーランマークは目眩すら覚えた。

 彼に怒鳴られてもヘラヘラと「こわ〜い」などと言って、首を竦めるアスコット。近づこうとするアスコットにしっ、しっ、と追い払う仕草のイーサン。


「ええ〜っ!?それってアンタ達えっちな事したって事?やらし〜!信じられ無い!」


 傷に塩をグイグイ塗り込んで来るイーサンが恨めしい。


「やらしーのは大人の特権なんだよん、お兄さんが大人にしてあげようか?イーサン?」


 言葉通りのいやらしい目つきで近づくアスコットを、イーサンは絶妙な距離感を保って躱していた。


「不潔だなー!今度から別の人から買おうかな?」


「大人はみーんな不潔なの〜」


 冗談の通じないイーサンとアスコットのやりとりを尻目に、ノーランマークはラムランサンの反応だけが気にかかっていた。

 こちらに目を向けようともしないラムランサンへと、ノーランマークは近づいたが、意識的に距離を取られた。


「もう、何年も前の話だ。オレも若かったし、何も考えちゃいなかった」


「今は何か考えてるような言い方だね、良いんじゃないか?誰と寝ようと、もう下僕じゃ無いんだし、私の顔色なんて気にしなくて良い」


 ノーランマークの言葉に被せるように言ってくると言うことは、本当に気にしてない訳では無い事の裏返しだ。

 無表情を貫いていたラムランサンではあったが、心は激しく動揺していた。今ノーランマークと目を合わせたら、下らない嫉妬心をノーランマークに見透かされてしまう。未練と嫉妬を断ち切るようにアスコットへと言い放った。


「アスコット。お前が出るときにこの男も連れて行け」


 素っ気ないラムランサンの言葉に慌てたのはノーランマークだけでは無かった。

 背後で明らかに動揺を隠せない執事がこんな時ばかり弱々しい老人のフリで、ノーランマークによろめきながら近づいてきた。


「ラム様にフラれたのですか?しかもこんなに早く。そうでございますか、フラれたのですか。女性を口説くのはお手の物の貴方が半日でフラれてしまったのですか」


 わざとなのか心底そう思っているのか、これでまた後継者問題は白紙となり、がっくりとロンバードは肩を落とした。


「ロンバード、三回も言わなくて良いんじゃ無いか?三回も!悪いがアンタの計画は破綻した。ご愁傷様。だからオレを買い被るなって言ったろう?」


「ラム様、本当に良いのですか?ここを出て行けばこの男はもう、ここには戻りませんよ?それで本当に…」


「ロンバード、まさか、この男をスカウトしたのか?

余計な差しで口だ!」


 ロンバードを𠮟るラムンサンの言葉に今度はノーランマークが被せるよう宣言した。


「出て行くさ。出て行ってやるよ!こんな退屈な城!だけど、オレ一人じゃ無い。お前も一緒だ。ラム!」


 突拍子も無い宣言に、その場にいた全員が目を見開いて絶句した。


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