第14話 神託の輝石

「…っ、離せ!」


 一頻り熱い口付けを交わした後、急に目覚めたようにラムランサンは、ノーランマークの胸を突き飛ばした。

 驚いた顔のノーランマークが今一度、ラムランサンに腕を伸ばすが今度はそう容易くは捕まらなかった。

 しかしノーランマークの走り出した感情を収めることも、到底出来なかった。


「お前だってもう分かったはずだ!オレたちは惹かれ合ってる。オレを拒絶したってお前自身がオレを求めてる。いい加減認めろ!」


「認めたらどうなる!お前はここに残るのか?」


 即答出来ずにいるノーランマークが唇を噛み締めた。

 そんな様子の相手をラムランサンは悲しく嗤って己自身を抱き締めた。

 そんな様子はこれ以上ノーランマークの侵入を頑なに拒んでいるようにも見えた。


「明日、ここを去れ。武器商人と共に行くと良い。もう私は引き留めはしない」


 信じがたいラムランサンの言葉にノーランマークは激昂した。


「なんで、なんでお前はそこで諦めるんだよ!!お前がオレと来るとは言わないのか?!」


「言えるわけがない!ずっと、祖先が命を賭して守って来たんだ!お前は簡単にそう言うが、明日は?明後日は?1ヶ月後、半年、一年後。お前は私を…」


 私を…。

そこに当てはまる言葉がラムランサンには見つからなかった。

 答えはノーランマークにも見つからなかった。

 その沈黙こそが今の二人なのだ。


「ノーランマーク。このままではお前も寝覚が悪かろう。『神託の輝石』を見せてやる。ついて来い」


 そう言うと、海から上がり、ラムランサンは神殿へと歩き出した。

ノーランマークも、まだ心と身体に炎を隠し持ちながらもその後を続いた。

 あれほど拝みたかったはずの『神託の輝石』は今やノーランマークにはどうでも良く思えた。

 神殿への長い通路には松明がいくつも灯っている。

昨夜、この廊下をラムランサンが辛そうに歩いていた。

 それはつい一日前のことだった。不思議な気持ちでノーランマークは招かれるままに神殿の中へ入って行った。

 タカランダ神に不慣れな者には、一種異様な光景だ。見知らぬ神々に囲まれれるとそれだけで気持ちが落ち着かない。

それはいくらジーザスと言えどもだ。

 ラムランサンが中に入ると、どう言う仕掛けになっているのか、神殿内を囲うように炎が灯る。

 密室に見えるが炎の燃え方を見ると、どこからか新鮮な空気が入っているのが分かった。

 中央の敷物に二人が対面する様に跪く。ここで何が始まるのだろうか。

 ノーランマークの萎えかけていた輝石への関心が再び頭をもたげ始めた。


「ここでオレにも祈れと言うのか?」


 軽口を叩くノーランマークに、静かにしろとラムランサンが唇に指を立てて喋る事を封じた。

 ノーランマークの両手を取るとラムランサンは自身の腹に当てがわせ、その上から己の手を重ね合わせた。

 ラムランサンは目を伏せると、厳かな声で祈りの言葉を呟いた。それはラテン語でも英語でもフランス語でも無い。聞いたことのない言葉だった。

 暫くするとキーンと耳鳴りのような音がした。まるでこの部屋が真空になったような心地悪さにノーランマークは目眩を覚えた。

 炎が一瞬揺らめき、室内がすっと薄暗くなった気がする。それと同時に、ラムランサンの腹に当てた手が熱くなるのを感じた。

 見るとラムランサンの腹から銀河でも産まれるような眩い渦巻の光が現れた。

 ありえない光景にノーランマークは驚き、一瞬腹から手を離そうとする。それをラムランサンの手が引き留めると、ラムランサンはくぐもった苦しげな呻きを漏らす。

 ノーランマークの手の平はますます熱くなり、そこから何が塊のような物が現れた。

 ラムランサンに導かれてゆっくりと腹から手を離すと、まるで生き物の心臓のような、緑に輝く石が空中に取り出され、二人の囲う手の中で、ゆっくりと回転し浮かんでいた。


「これがお前の欲しがっていた『神託の輝石』だ。これを毟り取って奪ってみるか?」

 

 こんなものを見せられてこれを奪える訳がない。


「どう言うことだ?オレの見ているのは幻影か?」


「幻影などでは無い。これがタカランダの神の心臓部だ。輝石は私の中に隠されている」


 こんな非現実的な事があって良いのか。ノーランマークの見開かれた眼が小刻みに痙攣していた。


『たとえ逃げ出しても輝石が私を離さない』


 昨夜、そう言っていたラムランサンの言葉の意味が、この場に至ってようやくノーランマークは理解出来た。


「私は神に問うた。何度も、何度も。だが私とお前の未来は無い。私と共にいればお前は…必ず死ぬ」


 静かにそう告げると、ラムランサンは輝石を腹に沈めるようにゆっくりと収めて行った。

腹にできた異空間が閉じられると神殿の中の違和感は、まるで潮が引くように散じた。

 緊張の解けたノーランマークは、その場にへたりと尻もちをつきながらこう言った。


「それが……神だと言う証拠はあるのか?神のふりをした悪魔ではないのか」


「そうかも知れぬ。だが神かも知れぬ。それは人の決めた呼び名に過ぎぬ。言えるのは世界の破滅をこれが修正して来たと言うことだ」

 

「世界はそれで救えるかも知れないが、お前自身はどうなんだ!お前はその手に世界を握っているつもりでいるだろうが、お前は本当の世界を知らない!オレが本当の世界をみせてやる!

オレに抱かれていた時、お前は確かにお前を生きていた。

美しくて醜く、冷たくて熱い。お前の世界を生きろ!オレが太陽の下までお前を連れて行く。だからオレと来い!ラム!」


「やめろ、プロポーズに聞こえる」


 ラムランサンの瞳が濡れていた。

ノーランマークの金色の髪に指を潜らせ、優しく撫でながら困ったように微笑んだ。


「お前はバカだね。さっきの私の話を何も聞いていないじゃないか。

私といるとお前は死ぬ。私はお前に生きていて貰いたいのだ。お前こそが太陽の下を歩くべき者だ。今更だが、ここに連れて来たことを詫びる」


 そう言うとノーランマークに屈み、悲しいほどに優しく口付けた。

 そうして彼を一人残し、神殿の外へと出て行くラムランサンの後ろ姿には、ノーランマークの踏み込めない、あの凛然とした神の申し子の姿があった。


「オレは簡単に諦めないし、そう簡単には死なねえ!!」


ラムランサンの背中にノーランマークは精一杯毒づいていた。






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