第5話 彼の孤独

「私はラム様の執事のロンバード。城のことで何かありましたら私めにお聞き下さい」

 

 ノーランマークは城の中へと執事に導かれて進んで行った。城は堅牢な造りで隙のない佇まいだった。

 部屋へと早足で歩くロンバードの後ろ姿にくっついて行きながら、ノーランマークはその颯爽とした後ろ姿に見惚れていた。

 彼は普通の年寄りとは全然違って見えた。無駄な贅肉を削ぎ落としたかくしゃくとした姿は、細いが格闘向きの体型をしていた。


「大したものだな、ロンバード。貴方は恐らく腕っぷしは強いのだろう?あの我儘そうなぼっちゃんの面倒を見たり、あらゆる執務や多分家事全般、そつなくこなすタイプなんじゃないか?」


「そうですね、車の運転やクルーザー、時にはヘリの操縦までやらされますからねえ。私の代わりを勤められる者はそうそういないでしょうねえ、自惚れですが。さ、着きましたよ。このお部屋をお好きにお使い下さい。それから、廊下の突き当たりが食堂になるので夕食時にはお呼びいたします」


 通された部屋は当然石造りだ。ソファやベッドが無ければ牢獄かと思うほど殺風景な事だろう。小さいが暖炉もあり、あのホテルに敷いてあった様な古風な緑色の絨毯が敷かれてあった。

 拉致されたのだから当然荷物は何も無かった。取り敢えずベッドに寝転がってみると、高い天井には今どき蝋燭のシャンデリアがぶら下がっていた。窓は一つもなく、この部屋からの脱出は難しそうだった。

 

(取り敢えず自由に動けそうなら明日から城の見取り図を頭に入れないとな。それからあの輝石だ。何処に隠しているんだろうか。知らない間にラムランサンの掌から消えていたが、まさか普段から持ち歩いてでもいるとか?だとしてもだ。夜には何処かに置いて寝るだろう)


頭の中で考えが浮かんでは消えた。


 輝石を頂いて素早くこの妙な城から脱出する手段をあれこれ画策していたが、考えれば考えるほど気持ちが疼いて飛び起きた。


「ダメだ!じっとしているなんて性に合わん!飯までちょいと情報収集してくるかな」


 持ち物全てが取り上げられていた。何もないのにどうやって時間を知れば良いと言うのか。いったい明日から何をさせられると言うのか。疑問で頭を一杯にしながらも、ノーランマークは行動を開始した。

 部屋の扉は施錠されてはいなかった。いつでも好きな時に部屋を出られるのはありがたい。まずはクルーザーへの道を戻ってみる事にした。

 恐らくこの島から出るのには、あのクルーザーを使うしか無いだろう。城の中とは言え、船着場へは結構複雑なルートだったが、幸にも記憶力は良いほうだった。難なく船着場まで辿り着いた。

 しかし、あと一歩の所でさっきは無かった鉄柵に阻まれクルーザーには近づけない。


「問題はこの鉄柵とクルーザーの鍵か。クルーザーの鍵はロンバードが持っているんだろうな。たぶんこの鉄柵も‥‥」


 柵を握って2、3回ガタガタと揺さぶってみると、その音がかなり響くことが分かる。どうしたものかと腕組みしながら柵を背に振り返った。

 そこに見知らぬ男の子がいきなり視界に飛び込んだ。ノーランマークは思わず驚いて、声を上げた。


「ウワァっ!!なんだお前は!!」


「何だとはなんだ!ボクはラム様の従者だ!お前こそ何だ!」


 見かけ十六、七くらいの少年にいきなり怒鳴られてノーランマークはたじろいだ。随分と威勢の良い子供だと思った。


「オレはノーランマークと言う。おたくのボスに拉致られたんだよ。お前。若そうだな」


「何だ?馬鹿にしてんのか?これでもこの城を切り盛りしてんだ!明日からお前の上役なんだからな!」


「へー、そうかのか。で、上役様のお名前は?」


「イーサン!夕食だから呼んで来いってラム様が」


 良く言えばキビキビとした。悪く言うとキリキリとした少年だった。明日からこの子供の下で働くと思うとノーランマークはこの日最大級のため息を漏らしていた。

 食堂に赴くと漫画にでも出てきそうな長いテーブルが出迎えた。やや時代錯誤を感じるテーブルセッッティングだったが上座にはラムランサン。そして遙か末席に、ノーランマークの食事が用意されていた。


「来たな、ノーランマーク。今宵くらいは大いに飲んで大いに食せ」


「明日からは僕達と台所で食事だからな!」


 そう言いながらイーサンは面白くなさそうに、ここに座れとノーランマークの椅子を引いた。ノーランマークが座るとワインがサーブされた。


「まさか囚人の分際でワインがいただけるとは思わなかったが、乾杯しようにも遠すぎるな。金持ちってのは本当にこんなでかいテーブルで飯を食うんだな。他に家族はいないのか?」


「何か問題でも?父は私が10歳の時に死んだ。母もそのあと恐らく直ぐに逝き、祖父は八年前に他界した。たいがいこんな食卓だが?」


 ラムランサンは他愛いもない事でも話すような顔でワイングラスを掲げて見せた。そして優雅な仕草で食事をし始めた。

 ノーランマークはそこにラムランサンの孤独を見た気がした。


「下僕風情が言うには身の程知らずだが、明日から皆んなで飯を食わないか。きっと一人より楽しい」















  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る