第4話 絶海の孤城

 甘いラズベリーの香りに潮風の香りがまじりはじめた。遠くに響いていたモーターの唸りはやがてハッキリと、更にけたたましく頭に響き、眠らされていたノーランマークの覚醒を誘った。「わっ!」と声を上げて彼は飛び起きた。

 彼が目を覚ましたのはクルーザーの上だった。小型ではあったが造りのしっかりした特注船だ。

 この事態を把握するのにノーランマークは少し時間を要したが、盗みに入って拉致られたと言うことははっきり思い出した。

 操舵席を見るとスーパー執事が意気揚々と舵を取っている後ろ姿が見える。

 座席のソファでは何かの雑誌を眺めて涼しい顔をしているラムランサンが済ました顔して座っていた。ノーランマークが目覚めた事に気がついて彼は顔を上げた。


「起きたか?普段から寝不足だったんじゃないのか?16時間も寝ていたぞ。おかげで運ぶのに手間取った。うちの執事が」


「勝手に拉致ったのはそっちだろ。妙なもん飲ませやがって」


 ノーランマークはまだ頭がズキズキしていた。中途半端に縛ってあった髪を解くと気怠げにぐしゃぐしゃと髪をかき乱した。


「何処まで連れて行く気だ。ここはどの洋上だ?ヨーロッパか?アジア?アフリカか?」


「アジアとだけ言っておこうか。島の名前すら海図や地図にも載ってはいない。助けを呼ぼうにも誰も分からない。逃げるのは諦めなさい」


「今はGPSの時代なんだよ。それにしても偉そうだな。お前はどう見てもオレより歳下だよな?目上の者にはもっと敬意を払って欲しいねえ」


 またしてもノーランマークはラムランサンに鼻で笑われた。やれやれと言うように、ラムランサンは雑誌を閉じて脇へと置いた。


「君から陸地に連絡できる様なツールがあればの話だろう?‥‥それに、コソ泥に神の申し子が敬意を払えと?不思議なことを言うね。それから私は貴様やお前では無く、ラムランサン・プランマリ・タカランダ。と言う名がある。フルネームは好まぬので私のことはラムでいい」


「オレはジーザス・ノーランマークだ。君の言う通りしがないコソ泥風情だが、神の申し子とはどう言うわけだ」


「はははは!ジーザス!私よりよほど神様らしい名前だね。私はタカランダ神の唯一神託を受けることのできる巫(かんなぎ)なのだよ。それ故に私は神と唯一話の出来る存在というわけなのだ」


 名前を笑われるのはノーランマークには常だった。ジーザス・クライスト(イエスキリスト)と同じ名前とは何の冗談かと自分でも思う。母親が産み落とした瞬間に「何でこったい!(ジーザス!)」と叫んだのではと思うことすらある。


「要するに教祖様って訳か?」


「教祖では無い。信徒もおらぬ。ただ我一族はタカランダ神の言葉を求める者に伝えるのみ。それに従うかどうかは神託を受けた者の一存だ。まあそうやって営々と守ってきたものも私の代で終わるやもしれぬが」


 そう言うと少し寂しげな視線を海原へと投げた。

何故そんな顔をするのかと聞いてみたかったが何故かノーランマークは聞く事が躊躇われた。それを避ける様に別の質問をした。


「それにしても何でオレみたいなケチな男を下僕にしようなんて思うんだ?ひょっとして役に立つとか思って無いだろうな?それなら見当違いだぜ?大飯食らいで働かないしな、いわゆる穀潰しと言うやつさ」


 自慢にもならないことを得意げに話すとラムランサンは眉をしかめてため息をついた。


「良くそこまで自分を卑下できるね。呆れる」


「それともやっぱりアレか。首相との密談を言いふらすと思ってるのか」


「それもあるが…。色男を一人私のコレクションに加えてみたかったのだ」


 真顔でノーランマークの顔を覗き込んだのもほんの一瞬の事。自らの言葉にラムランサンは堪らず吹き出してしまった。


「バカなのか?そんな冗談を真に受けるとでも思うのか!」


 今度はノーランマークがやれやれと首を横に振っていた。

 カモメがさっきから騒がしくクルーザーの周りを飛び始めている。陸地が近い証拠だ。前方に目を凝らすと小さな島影が見えてきた。そこに向かってクルーザーは進んでいるようだった。

 やがて島と言うよりは、巨大な岩とでも言うような、断崖絶壁の孤島が目の前に迫って来ていた。岩壁に波が打ち寄せて荒波が砕け散っている。その様に圧倒されてノーランマークはフラフラとデッキへと出た。

 照りつける真昼の太陽を遮るように、手で目元に影を作りながら、その厳しい姿の絶壁を仰ぎ見て言った。


「はっはっは!これはまた!推理小説かサスペンスドラマにでも出て来そうじゃないか!囚われの身には笑えるほど相応しい!」


 やがてクルーザーは、一か所だけ岩壁の裂け目のような場所から島へと入って行った。

 両側に切り立った崖がそびえ立ち、エンジンを切ったクルーザーが惰性で奥へと進で行く。

 すると目の前に巨大な城が現れた。古めかしいゴシック建築の城は吸血鬼でも住んでいるかのような佇まいだった。よもや島の中にこのような城があるなどと誰も想像は出来ないだろう。

 城の内部へと直結しているトンネルの様な水路を進み、アーチを描く城門を潜り抜けて城の内部へと滑りむ。やがてドッグへとクルーザーは接岸した。

 ノーランマークの背後からゆっくりと歩いて来たラムランサンが肩を並べてこう言った。


「ようこそ、我が城へ。

ノーランマーク卿」


 

 

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