第6話 美しい顔

 ノーランマークの提案は見事に無視された。朝は5時半に叩き起こされ、昨夜の客分待遇とは打って変わって下僕三銃士の慌ただしい朝食になった。

 ノーランマークは仕事を覚えたいと言う名目でペンとメモ帳。そして小さな置き時計を所望し、積極的に仕事を覚えるフリを決め込んだ。掃除をしながら窓の配置や配管。電気の配電盤の位置やボイラーの位置。複雑な城の中を数日かかって細々と記していった。

 最初はイーサンに文句ばかり言われていたが、二週間もすると器用なノーランマークはおおよその雑務はこなせるようになっていた。まるで昔からこの城の従業員だったのではないかと思うほどの馴染みぶりだった。

 そう感じるたびに、己自身にガッカリするのだ。こんなところに閉じ込められなければ今頃は優雅な泥棒生活を満喫している筈だった。今更ながら輝石に目が眩んだ自分を後悔し始めていた。

 

 そんなある日の昼下がり、デッキブラシで庭の回廊をノーランマークとイーサンの二人がかりで磨いている時だった。綺麗に手入れされた庭の片隅を歩く人影にノーランマークは気がついた。それは一人でのんびりと城飼いの孔雀に餌をやるラムランサンの姿だった。遠目にも分かるほどその表情は普段より幼く見え、その様子が実に平和で微笑ましく見えて、ノーランマークは暫しデッキブラシの動きを止めて見入っていた。

 それを目敏くイーサンに見つかってまた小言の材料を提供する事となった。


「ノーランマーク!手が留守だよ!早くここを片付けてしまわないと洗濯物を取り込む時間が迫ってるんだからな」


「ハイハイ、ちょっと手を休めただけだ。そんなに文句言うなよ」


 相変わらず孔雀と戯れているラムランサンは、世界の闇や争いや、様々な醜い物から程遠く見える。そんな奴が何故こんな胡散臭い人間なんか手元に置きたがるのか不思議だった。


「なあ、イーサン。城には他にもオレみたいにここに連れてこられた人間はいたのか?」


「そんなマヌケはアンタだけだよ。だいたいラム様にとっ捕まったのに良くご無事でって感じ」


「それって捕まった奴は皆んな‥‥コロサレタってことなのか?」


「さあ?どうだろうな〜」


 イーサンは意味ありげに薄笑いを浮かべ、ノーランマークを揶揄うように答えを濁した。


「まったく!大人を揶揄いやがって!」


 遊ばれた悔しさにムキになって床磨きをしていると、庭から帰ってきたラムランサンに出会した。手には孔雀の羽を持っていた。

働くノーランマークに感心そうに目を細め、すれ違い様に声を掛けて来た。


「意外と労働が似合うじゃないか。イーサンとも気が合うようだし」


「何が気が合うだ?!あのガキ十も離れた大人を顎でコキ使いやがって!お前もだ!ふざけやがって!こんな城、絶対に抜け出してやるからな!今に見てろ!」


 先程のイーサンとのやり取りで、少々イラついていたせいか、ノーランマークはいきり立っていた。それとは正反対に、それを面白がるようにクスクス笑う口元をラムランサンは孔雀の羽で隠した。


「やってみると良いよ。例え城から出たとしても、ここの海域はサメの餌場だよ?もし、お前が逃げ切れたら見逃してやろう」


「何が狙いだ。こんなおっさんじゃ無くて花嫁でもさらって来いよ。その方が楽しいし景色も良いぞ?」


「お前でも景色はなかなかだ。ああそうだ。ナンパされたと思えば良い」


 ふざけた物言いがノーランマークの神経に触った。デッキブラシを床に放ると壁にラムランサンを追い詰めた。今にも襲いそうな勢いで壁にドンと手をつき目をギラつかせた。

 壁に縫いとめたラムランサンの体温と呼吸がノーランマークの胸と腹にも伝わって来る。


「ナンパって事はオレ、期待しても良いのかな?キスもしてくれたし、その先もあるのかい?」


 怯む様子の無いラムランサンの気の強い瞳が臆することなく真っ直ぐにノーランマークを見返してくる。ゾクリとするほど美しい顔をしていた。

 それが逆にノーランマークを刺激した。引き結ばれた唇を半ば強引に奪おうとした時、ラムランサンは不敵に喉奥で笑い、二人の唇の隙間に孔雀の羽が差し込まれた。


「ダメダメ。ムードが足りないなぁ、こんなんじゃ私はその気になれない。城の生活に馴染みすぎて腕が鈍った様だな。サー・ノーランマーク。壁ドンとはなかなか楽しい演出だったけどね」


 ノーランマークと壁の間から、猫科の動物のようにスルリと抜け出し、ラムランサンは自室に向かって歩いて行く。後ろ向きにヒラヒラと孔雀の羽を振って去って行く様子に、食えないガキだとノーランマークは内心舌打ちをした。そんな鬱屈した気持ちでその後ろ姿を見送ったが、一瞬、垣間見たラムランサンの美しい顔がこの日ずっと頭を離れなかった。

 そんな二人の様子を城の窓からロンバードが目撃していた。


「なるほど。サー・ノーランマークですか。面白い男ですねえ。少し考えても良いかも知れません」

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