ディアトリマダイアウルフ
ルー・ガルー
この思い月まで伝われ
久方の舞台の上の熱気も冷めやらない私達は二ホンカワウソの宿の同じ部屋にいた。
ディアトリマとこうして二人きりになるのはいつ以来だろうか。
あれはまだ私達の舞台がPPPと同じように人気をもってパーク中を巡っていたころ。私の演技とディアトリマの歌があればどんな会場も沸かせられた。
「ダイアウルフ、あなた今懐かしいなって思ってるでしょ」
「ああ、そうだ。あの頃が。あたしたちは何を間違えたんだろうな」
ベッドに腰掛けるディアトリマはまた黙ってしまった。何かを考えているような何も考えていないような顔でただ窓際に座る私を見つめて
――月
とつぶやいた。窓の外を見れば薄暗くなった空に地平線から月が――大きな月が顔を出している。
ああ、そうだ、あの夜もこんな月だった。
「やっぱりあなたは月に映えるわね。美しい。あの日と同じように――来ない?」
そう、あの日もこうやって二人きりで。
目の前まで近づくとディアトリマは慣れた手つきで――あの日と同じように――私の上着を脱がせてそれをフックにかけた。
私は、ディアトリマの腰の紐に手をかけてほどいていく。
あの夜の期待に満ちた興奮が確かに脳裏に思い出されていく。いや、この興奮は今のものかなのかもしれない。
「どれだけ長い時間が空いても変わらないものだな」
「若さはなくなっても、こうなると熱くなるものね」
少し気恥しそうに笑ってから抱きしめてきたのでそれにこたえるように腕を回した。ベッドに押し倒されるように横になる。
鼻と鼻が触れ合う距離。
「ダイアウルフとずっと一緒になりたかった」
「あたしもだ。何かを間違えてしまって、意地になったごめ――」
唇に遮られた。
「私たちに言葉も歌もいらないわ」
そうだ、私が言葉以外で気持ちを伝えられる唯一の存在がディアトリマ。ディアトリマが歌以外で気持ちを伝えられるのが"あたし"だけ。そんな関係だったではないか。舞台の上で私たちはお互いの気持ちを理解して意思疎通に言葉はいらなかった。
ディアトリマの頭に手をかけて顔をさらに近づける。
深い深いキスは夜の海のように深い。ディアトリマの体は火山のマグマのように熱い。頭の中がいっぱいになるようなディアトリマの匂い。舌と舌が触れ合うが味はあまり感じない。言葉でも歌でも伝わらない事が伝わる。
触覚、嗅覚、味覚を伝えるのは難しい。舞台でどれだけ伝えようとしても限界がある。
でも今はすべてがダイレクトに伝わっている。
「ディアトリマ、触るよ」
「まって、爪」
――あの日からずっと短いまま。
私たちだけの秘密の舞台はどんなにすごい芝居をしてもどれだけ凄い歌を歌っても伝えられない想いが伝わる。
思い出した。あの夜私達は想いを全部ぶつけ合ったのだ。そして、お芝居の無力さを感じた。この気持ちを芝居で超えられないと。それはディアトリマも同じだった。だからあたし達は焦った。そしてバラバラになってしまった。
二度と修復ができないくらいに。
そして舞台はなくなった。
でも本当は違ったんだ。この舞台は私たちだけのものだったんだ。
そしてそれは二人だけの秘密。
月の淡いスポットライトを浴びて秘密の舞台を踊る二人の姿は誰も知らない。
ディアトリマダイアウルフ ルー・ガルー @O_kamiotoko
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