第8話 会衆庁襲撃 上

 革張りの椅子に二人が座って数十分が立った。

 何事もなく自治区に着き検問も通過し、会衆庁に着いた。縋こと杖の再登録のため訪れた場所である。やはりお役所仕事だからか待ち時間は長く、人も多い。

 道中で銀髪と枯れ木色ということもありかなり目立っていた二人であるがここに着くとかなりカモフラージュされる。あくまで姿形は人間であるが人間っぽくない『何か』や、髪色や肌の色にかなりのバリエーションがある。

「僕ってあらためて可愛いいきものだと思ったんだけど?」

「自分で自分の事を可愛いって言っちゃうのは不味くないか、俺最近人間になったばっかりだがわかるぞ」

 えらいえらい、『』は縋の頭を探し撫でる。

「だって一人じゃ体も完璧にあらえないし、着替えもむずかしい」

 縋は朝の事を思い出す。シャワールームだけなので椅子なんて高尚なものはなくて、中腰で『』を洗ったことを。手足もなく、目も見えない『』は馴れているとはいえ一つ一つの動作を説明しながらこなさなければ危険である。

「一人で仕事にでるときは水浴びも大変だからね、おかげですっきりしたよ」

 すがりがいてくれてよかった。とシャツの裾を掴んだ『』が穏やかに笑う。

 大理石の床に、高い天井、縋はここが会衆を統括する役所だと『』に聞いたが役所というには豪華すぎると思った。

『神殿のようだ』

と思ってしまった。

「随分、金をかけた建物だよな」

「そうなの?」

「ああ、床はなんて言うんだっけかこれ? だいりせき? だし、天井はアホみたいに高いし」

「天井が高いのはわかってたけどそんなにお金かけてるんだ。見えないし、興味もないからわかろうともしてなかった」

 縋がそう教えてくれるまで『』にとってはなんでこんな材質の床なんだと怒りさえ覚えていた。

 『』にとって草や土の地面を踏みしめる感覚は『優しくて』好きな部類だった、けれどこの床は雨の日は滑るし、硬いから怖いという感情だけだった。けれど、縋に教えてもらったことで、少しだけ見方が変わった。

「『』の所はそんなお金持ってるように思えなかったが、ここは持ってるんだな」

 あれか、もしかして中抜きが酷いとか?

 首を傾げる縋を感じて『』が笑う。

「うちは貧乏に見えるだけ、じっさいの所、力のある孤児をそだてるのにお金使ってるだけ。お給料もちゃんとでるからね?」

 衛助の趣味みたいなものだ。能力のある孤児を拾ってきては学校にいれたり、面倒をみたり、会衆に居つけば成人後まで面倒を見る。

 『』にそう説明されると縋は、「ああ、どうりで」と納得した。


「……道理で俺のことを小突いてきた子供が多いこと」


 『』が肩を揺らす。

「ぼこぼこというか、なんか子供まみれになってたね」

 縁側でニヤニヤ笑う衛助と縋の、それこそ縋るような悲鳴に関心も向けず茶を飲む『』と「もっとちゃんと叩きのめさんかいクソガキ共!!!!!!!」とキレる『お姉ちゃん』こと昼。

「子供苦手かもしれない……」

 縋はわけがわからないまま土埃に塗れ子供たちの攻撃をかわし続けた。我ながらよく耐えたものだと。

「そのうち可愛く思えてくると思うよ、ようするに距離感だよ、僕はあんまりちかづかないようにしてる」

「そんなもんかぁ?」

「嫌いになりそうなら嫌いにならない距離にいればいいとおもうよ僕は」

 でもね、と『』は切り出す。

「僕もそのくちだから、――縋だけがどこからきたか分からないんじゃないんだよ? だからえんりょしないでね」

「遠慮もなにも、するほど関わってない……」

 パチンと響くくらいの勢いで腕を叩かれた。縋にはよくわからなかった。だから、「どうして」と問いを投げたが『』は黙った。

「これ、何時いつまでまてばいいんだ」

「どれくらいになるかわからないけどこの調子だと途中で僕はぬけるかも」

 指触式の時計を確認した『』は椅子から腰をずらした。

「いや、ちょっとまて抜けるってなんだ?」

「いや待ち時間で抜くなんて高度な焦らされプレイさすがに僕はできないよ?」

「そっちじゃねえよアホ」

「酷い口のききようだね、僕は忙しいんだよ、ほかの会衆の子とあうやくそくがあるからね」

 手探りで肩を見つけた『』はポンと、叩く。

「わたした封筒を事務所のおじさんに『お願いします』ってするだけでいいんだよ?」

「なんかつい最近も自信満々に『だいじょうぶ! わかってくれりゅよ!』とか『』が言った後、俺が天井から吊るされたことなかったか?」

「失礼だなぁ、僕そんなバカみたいな喋り方しないよ」

「あんたのそれ、十分に変な喋り方だと思うけど?」

 目の前にいきなり現れた黒い影にビクンと杖は肩を震わせる。

「化け狐!?」

「ひっど……」

 ぼひゅんと、子犬のような被毛が覆う尻尾が狐の顔を覆う。

 褐色の肌に、黒い耳、先っぽだけ白い尻尾。化け狐というには十分すぎる容姿だ。

 杖が見惚れていたのもつかの間。

 静まり返った役所の中に啜り泣きが響き始める。

「ああぁぁぁあ!!! 杖! ダメじゃないか!!!! シトが泣いちゃったよ!!!!」

 血相を変えた『』が化け狐シトの頭を手で探り当て撫でまわす。黒いショートカットの頭がグラグラ揺れる。

「え、何!? 泣かしちゃダメな奴!?」

「ダメだよ!!! シトの事を泣かすとよくないことがおきるんだ!」

 一緒に撫でて! といういつになく真剣な言葉に息を飲みシトを撫でまわす。

 杖は横目で回りを窺うと耳を塞ぎ地に伏す人々が目に入る。まるでその声自体を聞いてはいけないかのように。

「逝き狂いそ……」

 数分後糸目をニュッと垂れさせたシトが椅子の上で笑みを浮かべていた。

「逝き狂うて……」

「その言葉の通り逝き狂ったってことだよスガリ、逝き狂った女の子を放っておくわけには行けないので! わかったね、説明したもんね僕」

「ナニソノスピード感……」

 と、縋が突っ込むより前にシトに手を引かれた『』は、転がりそうになりながら消えていった。

 その白い影が消える、消えた。

「消えた?」

 縋は何が起きたか分からなかった。

 暫くして、理解した。

 電気が消えた。

 ただ、それだけ。


――いいや、違う。ただひたすらに暗闇なのだ。

 手を伸ばしても、何をしても、浮遊感のような何を触っているか分からない感覚だけが手に返ってくる。

 勿論、視覚はない。


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