第6話 大淫婦と人柱 下


スクワレタカッタ オンナノコ


 ただ人を魅了し、心酔させる。それがワタシの能力。

 ただそれだけ、でも、それがいけなかった。

 元居た場所ではみなそれを嫌がってワタシを集落から追い出そうとした。普通人と人が仲良くなったりその人に憧れるのって、その人が綺麗だったり、頭がよかったり、そういう背景があるのが普通だもん。ワタシは頭もよくないし、あまり美しいとか、かわいいとは言えない。そんなワタシが得体の知れない能力を使って人を魅了するなんてきもちがわるいものね。

 結局、集落の人たちはワタシの能力に汚染されたという『父』と『母』を殺した後、『お前は何を企んでいるか分からない。だから出ていけ』そういった、ただそこにいるだけで相手を魅了しちゃう、自分の信者にできちゃう能力なんて、怖いもの。しょうがない。しょうがないね。

 それからしばらくして人売りに売られた。ワタシの能力に影響されてはいけないからと何度も人売りは交代した、まったく外の様子も見えないようなハコに詰められて1年近く日の光を見ることはできなかった。

 でも今はとても幸せ。


――だっテ、ワタシは今神様に一番近いかラ。


「おはようございます」

 名前なんて知らないけど毎日、この女の子が世話してくれる。

 名前なんて知らない女の子に世話されて、名前なんて知らない組織の生き神様をしている。

 少しだけ引っ掛かるけど誰かに必要とされて感謝される今が本当に幸せ。

 毎日三食暖かいご飯を食べて、お風呂に入って、なんだかよくわからないけど書類を整理してそれなりに働く。

 なぜ神様にされたのかは覚えていないケド、これでいい。

 これが幸せ。

 自分がやっていることがあっているのか分らないケド、こんなワタシが生きていくのにはこの方法しかないから。

 何日かに一回、ワタシみたいに変わった力をもつ人たちが報告に来る。ミンナ、仲間が出来て楽しそう。ワタシみたいに悲しい気持ちをする子がいない世界にしたいって、ワタシをここに連れてきた人が言ってた。だから、ワタシ、ミンナが楽しそうで本当にうれしい。

 ワタシ幸せだ。


 そうやって、少女はただ、皆が楽しい世界であればいい。そう思っていた。


──それが、どんな呪いになるかも知らず。


「ということで、域外第三居住区の歪み討伐は完了しました」

 少年はいつものように報告をする。御簾の奥では少女が頷く。そしてその変わらぬ様子に安堵する。

 去年も会衆の祭りに姿を現さず、今年もその姿を現すことはないという噂だ、もしかしたら何かあったのかもしれない。

 少年はその少女についてよく知らない。知っていることといえば随分昔からいるということだ。

 全てが推測である、しかし、彼のよく知る白髪の少女よりかは歳浅いということだけは確かだ。『あーちょっと前にあの子はあそこの長になったかなぁ……たしかボクより若いよー』等と言っていたから。

……あの白髪は見た目こそ子供だが中身は老成した変態ジジイその物。そもそも、この業界自体『魂のレベリング』が成功してさえいればいくらでも生きられてしまう世界だ。だから目の前の相手が何歳かなど気にするだけ無駄。

『魂のレベリング』

 能力者の使う力の根源たる魂が鍛えられ歪みを食えてさえいれば『100年たっても容姿が変わらない』、能力者として生まれたからには歪みと戦えるように――。歪みを倒すことで若さを永続させていくことができる。そういうたぐいの呪いのようなシステム。

 しかし、少年は気になるのだ。いいや、『それ故』に少年は気になってしまう。

「ニシン様は今年も我々にお姿を見せてくれないのですか?」

「ニシン様はお疲れなのです。疲れた姿で皆を心配させぬようにしているのです」

 ああ、そうだったな。少年はため息を吐いた。

 何回聞いても帰ってくる言葉は決まっている。少年はそれを等の昔に理解している。

 巫女を模した少女たちが退出を促す。

――ただの馬鹿ならまだ救いはあった、けどオレはただの馬鹿になれなかった。

 トンと、襖が閉まる。

 そして少年は自分達の神様が自分達に興味がないということを知っている。

 今回のように日々の業務内容を聞くことはあっても顔合わせはせず、会衆の集会にも顔を出さない。自分を祝おうという祭りにも顔を出さない。『そして現時点で会衆に属しているメンバーでその姿を知るものはいない』。それだけ長い・・・自分達に無関心な神であっても能力者は彼女のもとに集ってしまう。花の蜜に吸い寄せられる蝶や蜂のように。

「何なんだよ、オレ達は」

 少年は毎回問う。こんな会衆辞めて違う所に移ってしまおうか――と。

 少年はあまり強くない、けれども、任務中の『死亡』や『物理的に戦えなくなる』という事故が多いためかいつだって会衆は人手不足だ。神の求心力が多いせいか少年の属している会衆は人が多い。どこかいい所属先はないか――。

 しかしその度に少年の頭の中に義父の顔が浮かぶのだ。あの笑顔を裏切っていいのか。

 少年の中で何度も自分が問いかけてくる。それでお前は自分が格好いいと思えるのか、満足できるのか。彼は男で一つ大した能力もない俺を育ててくれた。小汚い、何の取柄もない怯えてばかりのムカつくガキを。

 そんな彼を裏切るようなことをしていいのか。

「らしくねえ」

 外していたサングラスをかけなおし髪を撫でつけ、ジャージのポケットに手を突っ込む。

「やっひさしぶり」

 金髪に深い青の瞳、少年にとっては同僚で同居人の少女が少年を自宅の玄関で出迎える。

 おかえりなさいだろうが、と言おうとして辞める。

「お前、また怪我したのか?」

 眉間に皺を寄せる少年に片腕に包帯を巻いたその少女はそんなところだね、ちょっと切っただけだから。と笑った。

「ヒエンは報告終わったのか?」

「うん。でも全然だめ。怪我もしちゃうし、守れなかったし」

 そう話す少女の顔は暗い。

 ヒエンの存在は愛殿がこの会衆を離れたくない理由の一つでもある。

「会衆の移動ってやっぱり考えられないか?」

「うん。ずっとここの会衆を守ってきたから考えられないかな……」

「わかってるのか、お前、母親も父親も」

 言葉を遮るように少女は『うん』、と頷いた。

 愛殿は仕事終わり必ずそう尋ねる、答えは変わらない、それを理解している。

 ヒエンは代々この会衆に仕えている家の生き残りだ、『代々使えている』、その理由だけで父と母が死んだというのに『自分はこの会衆を抜けられない』、と。かたくなに守り続けている。

 まるで呪いみたいだ。

 愛殿はヒエンが好きだ、義父が自身の色を気にする愛殿に合わせた同じ色の少女。しかし、周りから祝福され幸せしか知らぬ少女。キラキラと輝いて見えた。


 目の色こそ、……目に入る光こそ違えど自分と同じ色の女の子に出会ったその時、その一瞬で、乙女思考の愛殿は惚れた。今まで自分を虐げてきた女性とは違うゆったりした優しい雰囲気にすぐに心を許した。

 しかし、その優しさからか、弱いのだ。


 その弱さに、本当は無能力なのではないか。と愛殿は一度疑ったことがある。けれど、能力がなければ原則会衆として活動できない。そして、聞いたところによればヒエンの能力は一族遺伝のもの。無能力ということはないだろう。という結論に落ち着いていた。

 

『パパとママが死んじゃった』

 彼女の父と母が死んだその日から一緒に暮らし始めた。義父さんはもう死んでいたし。独りぼっち同士がくっつくのは当たり前といってもいい。

……わかっている。オレしかいない。

 彼女の乞うような瞳にそう思ったから。

「ヒエンもそうしたいよ。けど、ダメなの」

 昔、そういわれた。一緒に暮らし始めて直ぐ。この部屋がまだ殺風景だった時期、ほぼ毎週のように聞いた。

 愛殿くんならわからないこともないでしょ。

 もしヒエンが死んで『ここを守ってね?』って言ったら、ここにいるしかないでしょ。

『そんなの呪いじゃないか』

 そう言えていればよかった。

「一人でいってもいいんだよ」

 小さな部屋の中、お互いに体を預け合って話し合う、結論は変わらないというのに。

「愛殿くんだけでもいいんだよ?」

 少女は特に何の気なしにそう言う。少年の表情が曇っている理由も考えずそう言っていた。

 少女にはわからなかった、どうしてこの栄えている会衆を捨て他の会衆へ移らなくてはいけないのか。少年は何故、現体制に不安を持っているのか。

――けれど、胸の底にはどこか別の場所に行きたいという気持ちがあることは否定できなかった。

 何故だかわからない、時々ヒエンの胸は不安でいっぱいになった。


 今日も不安が胸に渦巻く。

 二人は不安を埋めるために溶け合う。愛殿の身体についた傷を数えて。体温を分け合って一つになる。

 ヒエンは思う。いくら頑張ってもお互いをお互いの意に合うように動かすことはできない。

 なんだかそんな気がする。

 自分と愛殿の間には何か埋められない溝がある。

 確かに自分と愛殿は両想いだ。お互いが好き。けれど、住んでいる世界観が違い過ぎる。

 二人とも独りぼっちになって、都合が悪いから二人ぼっちになった。一緒に暮らすのは楽しかった。ヒエンは思い出す最初にあったときは濁った瞳だった、何か病気をしているのかとも思った。それくらいに生気のないような瞳だった。けれど、強くて痛みにも屈しない男の子だった。次第にその瞳が好きになった。

 だから、邪魔なサングラスは外しちゃおう。

「ヒエンだけの汚い金色」

 絶対に見せちゃダメだよ。

「むちゃ言うなよ」

「あんまり見せちゃダメ、ヒエン以外が見たら色を戻そうとしちゃうから」

「なんだよそれ」

「ありのままでいいんだよ」

 正直でいいんだよ。

 無理して、キラキラしなくていい。陰気臭くて、くよくよしてもいいの。

 ただ光らなくていいの。

「ヒエンわかってるんだよ」

 会衆内に突然歪みが湧いたある日彼の強さを目の当たりにした、そしてヒエンはわかってしまった。

「なにがだ?」

 自分がそう長く生きられないこと。

「愛殿くんは全然よわくないってこと」

「オレは弱いよ、ただ光ってるだけ」

「そんなことないよ、ヒエンの心を治してくれる」

「お前が会衆移れば治さなくて済む、大人しく後方任務でもやってりゃいいんだ」

 けれど、会衆からは離れられない。

 そういう問題じゃないんだよ……。ヒエンは思う。もう、そういう問題じゃなく、取り返しの付かない状況に自分がいて、責任を取らないといけない立場だってこと。


――ごめんね。これは呪いなんだ。


「なんか、眠くなってきた」


――今は思う。

 大人しく、彼のいう事を聞いていればよかったかもしれない。

 彼の温もりが忘れられない。

 いっそ、戦えなくなればよかった。

 彼もそのつもりだった。

 ヒエンまだいいよ。なんていわなければよかった。


 痛いな。


 こんなところ。見られたくないな。


 ばいばい、ありがとう。

 愛殿くん。


 今思えば、それは遺言だった。

 見慣れた金色と誕生日にあげた髪留め、会衆の制服。

 体が原型を留めていなくてもわかる。


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