第4話 大淫婦と人柱 上
「むッ……この臭いはアイデンくん?」
「人が臭いみたいに言うなアホ」
しかし、アイデンは確かにイカくさいのだ。『』の記憶上はじめて会ったときからアイデンはイカくさい。イカが主食な文化圏に住んでいる方なのだろうかと幾度となく疑ったレベルでイカ臭い。何故イカ臭いのか、本当にイカが主食な文化圏の人だったら申し訳ないというか人権問題に発展すると思い『』は突っ込んでいない。
故に、「アイデンくんが臭いことはじじつだよーなんか会うたび会うたびイカくさいよ君!」
とだけ言って自身の体臭に注意を促すだけである。
森深くの廃村の外れ、視認できる距離に現れた姿は太陽にキラキラと輝く金色の髪、趣味の悪いサングラス、上半身はきっちりと軍服を着こんでいるのにも関わらず下半身はダサいジャージにビーサン姿。といった具合に訳が分からない。そしてマジでイカ臭い。
「キャラが……濃い……というかおぃいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!」
杖は情報を読み込むのに数秒かかった。自分の頭の上で読み込み中マークが回転していることに気が付いた。
水浴び中だったのだ。よく晴れているからと、主人の着物を洗い、細い体……しかし膨らみはしっかりとある体を、体温が上がっていることをからかわれながら洗い、足の裏に当たる玉砂利の感覚を共有したり、自分の胸板に張り付く肩までのショートカットの白い髪をくすぐったく思ったり、水面の色を禅問答のように聞かれたり、そういうまったりタイムだった。
「相変わらず古くせえ、でそのもう一人の古くせえやつは誰……いや、何だそれ?」
全裸の男女二人の前で悠々と堂々と喋るイカ臭い金髪グラサン。
イカ臭い金髪グラサンと全裸を並べるととんでもないことになる気がするし、イカ臭い空気の中男二人に女一人が水辺でイチャついている絵面ははっきり言って何も知らない人間が見たら生々しい情事にしか見えない。
サングラスを額まで押し上げた金髪は、金色の目を細め、杖を見つめる。なんだぁそれ? と。
「なんとこれはーつい二日くらい前まで杖だった物です!」
パチパチパチめでたいね! アイデンくんもいわおうねー! ピュッピュと手にためた水をアイデンの顔に飛ばす『』。
「気の毒に……」
と、それを咎めることもなく金髪の少年はサングラスを元に戻す。
「あんたどんな奇特な変態か分からないが嫌になったら逃げろ? 見たかんじアジア人じゃなさそうだから心配しなくていいかもしれねえけど、いざというときにはノーと言えよ、じゃないとこいつマジで他人と自分の境界デロデロに溶かしてくっからよ」
もう遅い忠告である。
目を伏せた杖に対し、金髪は『』を見つめる。
「オイ、お前もうなにかしでかしたのか?」
「なにもしてないよー、強いて言うなら僕なりのコミュニケーションをした」
「何度言っても駄目なのなぁ……」
「なにその反応、まるで僕がなんにもわからない馬鹿みたいじゃないか! ちゃんと漢字使って話せるし大丈夫だよ、正気正気。手足が無くても目が見えなくても気の毒な子ではないから。人生エンジョイしてるしご飯はおいしいし化け物退治は楽しいよ」
「頭のおかしい奴ほどそう言うんだよ。俺の義父ちゃんがそうだった」
えーパーフェクトコミュニケーションなのにぃ……
自分を拾い育ててくれた義父であり師匠であり最終的には要介護になってしまったエロジジイの事を。
君なら世界を照らせるよ。
かなり年老いていたと思う、けれど、とてもカッコよく見えた。
化け物に蹂躙されつくした村の中、もう誰も助けに来ないだろうと膝を抱え情けなく、恰好悪く泣いていた自分に笑いかけた男。
嘘を許さない人だった。けれど決して堅い人ではなかった。誰にでも笑顔で、失礼をされても怒ることはなく、スポンジのように怒りや悲しみを受け止める人だった。いろいろなことを教えてくれた、忌色だと言われ誰にも褒められたことのなかった金色の髪や瞳を褒めてくれた。
けれど、そんなに優しい彼の眉間には深いシワが刻まれていた。
『私たちは虚栄のもとで生きている。だからアイデン、君はいつかその虚栄を打ち破り、一人で生きていかねばならない』
時々、そのシワをさらに深くしてそう言った。
──虚栄ってなんだよ、教えてくれよ。
ただ光るだけのオレに彼は何を託したのかわからない、しかし、何かはわからないが『託された』という感覚だけはまだ胸にある。
そんな恰好よかった義父も最後には何も分からなくなってただ、穏やかに笑うだけの人になってしまった。
「いや、なんでお前も全裸なんだよ」
「ここはオレの水浴びスポットでもあるからだ、男同士だしいいだろう? そこの変態は目が見えないから問題ねえだろう」
貧相な乳見せつけやがって、とサングラスを外して少年は水に浸かる。整髪料で撫でつけていた長い前髪が水に垂れ下がる。
「カッコいいだろオレ」
「あ、ハイ……」
杖はなんとなく目の前の少年を理解した。
「アイデンくんはちょっとかわいそうな所もあるけど仲良くしてあげてね」
フリチンのまま川から上がったアイデンは川べりにある物干し竿に吊り下げる。途中彼は『』の着流しに手を付けようとしてやめていた。
「よかったな『』、杖が人間になってくれたお陰で色々楽だろ?」
ああ、そういえばこの人『』の世話を焼いてたことあるなと。杖は思い出す。
杖にとってもは何のこともない記憶であり、どうってことない事実だった。
しかし、愛殿は少し、ほんの少しだが自分の役目が奪われたような気がしてつまらない気持ちなった。
いつだってオレの出会いは情けない。
歪みに襲われる俺を助けたのは雪のように白く細い手足の少女、赤い目を白一色の世界に光らせ自分が対処することのできなかった歪みを赤子の手を捻るかのように一瞬で塵にした。
美しかった。だからきっとなんでもかんでも自分でこなしてしまう要領のいい人だと思っていた。
しかし中身を空けてみれば着物を干すことも出来ない、食事もこぼす、そんな無力な人だった。だから世話してしまう。放っておけなくなって何かと手を貸した。心を許した人間にだけそうなのかと思っていた、だから今は彼女寸前までいった幼馴染をポっと出の転校生にとられたみたいな気分になっている。
……乙女思考過ぎないかオレ。
アイデンは心の中の独白が少し恥ずかしくなった。
「杖だかなんだかわからねえけど、そいつマジのスケベ女だから気を付けろ。ベタな例えだが、マジで誰にでもそういう事するから」
……だから、幼馴染を取られた主人公が言いそうなセリフナンバーワンを吐き捨てる。
そいつ尻軽だからきいつけろよ。と。嫌がらせも含めた一言だった。
「失礼な、人を淫婦みたいに!」
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