四千十八

 僕の、君との記憶はここで終わる。

 僕と出逢ってから七日後に、君は本当に死んだのか。どうやって死んだのか。僕は知らない。

 けれど、僕は、君は死んだんだと思ってるんだ。それも、とても綺麗に。

 そうだ。君との七日間で、僕はほとんど自分について語らなかったから、今話そうと思う。そもそも当時の僕がほとんど覚えていなかったから、話せなかったんだけどね。あの後家族に話を聞いたり、自分の記憶のもやを払ったりして、過去をはっきりさせたんだ。

 僕の母は大学生の時に僕を身篭ったんだ。それをその時の彼氏に打ち明けたら、別れ話を切り出されたらしい。彼はその後音信不通になった。まあ、捨てられたってことだね。

 結局母は家族に反対されながらも子どもを産むという選択をした。六年後、自死するという選択をした。

 その六年で何があったのかは分からない。家族とは絶縁状態だったらしいし、親しい友人などの存在は不明だった。

 運良く僕は餓死する前に発見されて、母の兄夫婦に引き取られた。だが彼らはそもそも母の出産には反対していた訳だし、子宝に恵まれず苦しんでいた彼らにとって、僕は随分と微妙な存在だったようだ。

 だからどうやら、僕を憎んでいた訳ではなかったし、愛情がなかった訳でもないらしい。また、僕が中学二年の時の春に女の子が産まれてからは、良い意味で僕のことを放っておいてくれるし、前ほど当たりは強くない。

 祖母も元々僕に対して特別良くない感情を抱いていた訳ではなく、夫の入院や一人での生活のストレスが、彼女を苦しめていたんだと推測している。祖父は僕が高校一年の時の冬に、亡くなってしまった。

 そういう訳で、僕が当時感じていた家族からの視線は、ただの被害妄想の様なものだったらしい。

 ああ、今思ったけれど、もしかしたら母もそんな気質があったのかもね。彼に捨てられて独り身で僕を育てるにあたって、たくさんの障害があっただろう。それらに過大に苦しめられたのかもしれない。僕が彼女を殺したと言っても過言じゃないのかもしれない。けれど、もう遅いので、今僕が言えることはやっぱり「生んでくれてありがとう」しかないかな。

 そうだ、蝉にとっての七年と七日、それが長いかどうかの答えはね、まだ分からないんだ。もう七年は僕の人生の三分の一になってしまったけれど、それは決して短くはない。そして、君との七日間はもっとずっと長いんだ。蝉にとっての七日間だって、とても長いもののはずだ。運命の人と出逢うんだから。きっとそうだ。


 君の悩みを、苦しみを、僕は詳しく聞いたわけではないから、君が死んだ直接の理由を僕は知らない。

 もしかしたら、理由なんてないのかもしれないね。特別になりたいという、それだけの理由だったかもしれない。ただ、みんなよりも数十年ばかり早く死んだだけだ。

 でも僕は、君のいなくなった世界で生きていこうとは思えなかったんだ。僕は君に連れて行ってもらいたかったんだよ

 当時の僕にとっての世界は、家と、学校の二つしかなくて、とても、息苦しかった。でも君と出逢って、君と過したあの七日間は、僕にとっての新しい世界だった。居場所だった。

 君は僕にとって光だった。たとえその裏にどんなに暗い闇を抱えていようとも、僕にとってはただひたすらに、綺麗で、深い輝きだった。

 けれど君は消えてしまった。いなくなってしまった。僕の世界が一つ、崩れ去ったんだよ。君との出逢いが僕を変えたなんて、そんなありきたりなことは無かった。君と僕の間に出来た世界は、君がいなくなったら、一雫も遺さずに、消えてしまったよ。ここはなんて悲しくて、哀しくて、神無しい世界なんだ。


 君の存在は嘘だった。僕はそう思っている。


 夢は、覚めたら終わってしまう。


 物語は、ページをめくれば終わってしまう。


 でも嘘は、嘘をついた本人が本当を打ち明けない限りは、終わらない。


 君は嘘だ。空想だ。僕にとってのクジラは君だったんだ。


 僕は君が死んだのか知らない。


 どうやって死んだのか知らない。


 けれどその死はきっと綺麗だった。


 きっと七日目の空は綺麗だった。

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きっと七日目の空は綺麗だった。 藤マ善 @canmiryou

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