「話したいときに沢山話してみ。それでお互いの中が深まると思うぞ」

 結局、そこまで深い睡眠が取れなかった。

 いつ寝たのか分からず、小鳥のさえずりが聞こえてくる。

「朝か……」

 まだ眠いが、その小鳥の声で目が覚めた。

 もう少しだけ寝ようと、体を横に向ける姫の顔がそこにあった。 

「――あ」

「あっ……」

 数十秒間だけ時が止まったかというほどお互い動かなかった。

 その数十秒間だが姫の顔を眺めていたから、昨日のキスしたことが鮮明に思い出してきた。

 姫の唇。物凄く柔らかったな……。

 こう、何とも言えない感じで。甘い様な……。でもお菓子とは違う、心臓がグイっと引き締められる。そんな感じで言葉が出ない。

 想いに浸ってる場合じゃなくて、声をかけないと。

 上半身を起こし姫に挨拶する。

「……おはよう」

 こっちが挨拶すると姫の方は目を逸らしながら挨拶してきた。

「お、おはようございます」

 何度も顔をチラチラと見ている。

「その……ご、ご飯出来てます、よ」

 俺も顔を逸らしてしまった。

「あ、はい。わかりました」

 敬語になってしまった……。

 テーブルに付き食べ始める。

「あ、あの大輔。その……お味噌汁ど、どう?」

「暖かくて美味しいよ! この豆腐とか最高だな」

「そ、そう。それは良かった……」

「……」

「……」

 か、会話が続かない……。姫といつもどんなこと話してたっけ?

 ご飯を食べて、スーツと制服に着替えて玄関を一緒に出た。

「大輔お弁当持った?」

「鞄に入ってるよ、ありがとうな。いってらっしゃい姫」

「うん、行ってきます。大輔も頑張って」

 姫に手を降って会社に向かった。


 ◇


 昼になり大野と一緒に食べていた。

「良かったな。彼女出来て」

 のんきに大野は揚げ物丼をパクパクと口の中に放り込んでいた。

「……あぁ」

「どうした。さっきから暗いが?」

 多分、俺は大野に話を聞いてもらいたいって気持ちがある。

「その……姫とキスをして、朝になったらどう喋っていいのか分からないんだ……」

 それまで食べていた大野の箸が止まった。

「朝起きたら、どう喋たらいいのか分からないんだ。教えてくれ……」

「おぉ、ウブすぎる反応だな。え、なに? 今までしてなかったのか?」

「してないよ……」

「お前は乙女か! いや~まだキスもしてないって、今どきの小学生や幼稚園もキスぐらいはしてるだろ」

「マジか……」

 幼稚園児と小学生、ませすぎだろ!

 大野は腹を抱えて笑っていた。

「マジ、マジ! いや~まだとは。同僚が突っ走ってなくて安心したけど。まだ15歳なんだから、結婚とかまだだぞ」

 ああ、教えてなかったか。姫が四月生まれなの。

「もう16歳だぞ」

「え? まだ高校1年生だろ?」

「姫、4月3日生まれなんだよ。だから16歳だよ。まあ久しぶりに会ったのは5日だったけど」

 大野は首を傾げてきた。

「……おめでた?」

「なんだだよ?」

「まあ、結婚出来る年だったなんだなって……。良かったな彼女が出来て、あとでコーヒー奢ってやるからな」

「ありがとよ」

 大野も彼女作れって急かしてたから、嬉しんだろうな。

 昼飯を食べ終え、約束通り大野はコーヒーを渡してきた。

「なあ、さっき言ってたことなんだが」

「ん?」

「話したいときに沢山話してみ。それでお互いの中が深まると思うぞ」

 大野は缶コーヒーのフルタブを開け一口、飲んでいた。

「わかった。ありがとう」

 その後、職場に戻り午後の仕事をするのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る