後編
「あちぃ……」
「もうすぐ夏休みだから我慢だな」
「翔は随分と平気そうじゃんかよ。俺なんてもう、見ての通りだらっだらよ」
確かに俺は比較的汗をかいていない方なのかもしれない。しかし。
「全く平気じゃない」
「そうかぁ? まぁこの暑さで平気な方が変な話か!」
「いや、そうじゃないんだ。そうなんだけどさ」
「何言ってるか分かんねぇ! 暑さで頭までやられたかー」
別に暑さなどどうってことはないのだ。
諸事情により窓を開けておく必要があるのだから、エアコンとの寒暖差で苦しむ奴らとは違いそこまで厳しくはない。
夏休みがもうすぐに迫った今も、俺は琴音に告白どころかまともな会話すらできていない。
クッキーを焼いてみたけど渡せなかった話も、俺が好きなアイスを思わず買ってしまった話も、冷やし中華を作ってみた話も全て聞いているのに一つも食べることはできない。
暑さで食欲がなくなってきて琴音の料理しか受け付けたくない。
だけどそれが不可能な現実が平気じゃないのだ。
「あー、もうどうすればいいんだよ……」
もうすぐ、夏休みがやってくる。
夏休みがやってくると、窓が閉まる。
早く、決着を付けなければいけないのに俺は琴音の一人反省会を聞くことしかできない。
琴音の方をちらりと見ると、夏服に変えた制服がものすごく、似合っていた。
------------------------------------------------------------
「よし、これで完璧だ……」
俺は琴音と付き合うべく、俺は徹夜で計画を立てた。
といってもなんてことはない。
夏祭りで偶然を装って遭遇して告白する、それだけだ。
一緒に回る予定だという琴音の両親には既に許可を取ってある。
ご両親は、やっとかと言いながら笑って許可を出してくださった。
明日で一学期は終わり夏休みが終わる。そうすれば、夏祭りまではあっという間だ。
さて、一学期最後の学校に行こう。
「悪いねぇ、翔くん」
「いえいえ、別に大丈夫ですよ。今日の俺はやる気に満ち溢れてますので」
「明日から夏休みだからねぇ。だからやる気に満ち溢れてるのかい?」
「まぁ、そんなところですね」
修了式が終わり、帰ろうとした俺に仕事を代わってくれと言ってきたのはいつも話をする『あいつ』。
深夜テンションのまま学校を過ごしたせいでハイだった俺はそのまま引き受け今に至る。
ああ見えて『奴』はクラス委員。
何も聞かずに仕事を代わった結果、生徒会長とオープンスクールの準備を手伝う羽目になった。
「にしても、運ぶものが多いったらありゃしないよ。私が嫌いなもの第一位が運動だっていうのに、私の運動のできなさは翔くんも知っているだろう?」
「ええ、まぁ……」
女性で年上という、一番関りが少なそうな組み合わせな生徒会長だが、俺たちは知り合いだった。
どのようなきっかけで知り合いになったとかいう話は省くが、中学が同じで、ステータスがあるなら頭脳極振り。何がどうしたらそんな失敗をするのかと思う程、身体を動かすことが苦手なのだ。
そんなことを思っていたら。
「よし、これで最後の道具だねっと、と——あ」
「危ないっ!」
登っていた椅子を踏み外して会長が倒れてきた。
咄嗟に受け止め足がつくように降ろしてやる。
本当に、ハラハラさせられる行動が多すぎる。
「全く、気を付けてくださいよ」
「ごめんごめん。今度から気を付けるよ——おや?」
「うん? ——なっ……」
会長の見ていた方向に目を向けると、琴音が立っていた。
「あ……」
「ちょ、ちょっと待て琴音! これは違う……!」
そのまま琴音は走り去ってしまった。
「嘘だろ……? え、誤解された?」
「琴音くんが目撃したのは私と翔くんが抱き合ってたところだからねぇ。私と翔くんが交際関係にあるという見方をした可能性が最も高いだろう」
「何でそんなに冷静に分析してるんだよ……」
終わった。
俺の計画も全てがぱぁになった。
計画を立てただけで満足してしまっていた。
俺が琴音の気持ちを知っていたとしても琴音は俺の気持ちなど知らないというのに。
さよならリア充、おかえり独り身。
独り身共をバカにしていたさっきの俺に言ってやりたいぜ。詰めが甘い、と。
「こんなところでゆっくりとしていて良いのかい?」
「何がですか?」
「彼女を追いかけなくていいのかい? 勘違いで君の恋も琴音くんの恋も終わってしまうのは私としても嫌なのだが」
「そう、ですね。会長、途中ですけど仕事抜けます。次に会う時、俺はリア充です」
計画まで練ったんだ。
こんなつまらないことで諦めてたまるか。
「女心と秋の空。女は切り替えようとしたら一瞬だから、急ぐんだぞ!」
「はい! 大丈夫です! 琴音は俺のことが大好きですから!」
驕りでも何でもなく、琴音は俺のことが大好きだ。
そして俺は、琴音が俺を想う以上に琴音が大好きなのだ。長く深く想い続けたこの思いは、誰にも負けない。
校門を抜け、大通りを走り、漸く琴音の背中を捉える。
徹夜明けの俺の身体では無我夢中で走る琴音に追いつくことができない。
少し間をあけて走る男女。
何事かとギョッとした目で見てくる人たちを無視して走り続ける。
走って走って走り続け、漸く追いついたのが家の前。
「琴音、待て、って!」
「嫌! 放して!」
掴んだ腕を、振り払われた。
「琴音! 誤解なんだ! 会長が転びそうになったところを支えただけなんだ!」
琴音の手が、ピクリと反応した。
誤解は解けた、そう思ったのもつかの間。
「ダメ……」
「あ……」
そのまま家の中へと入ってしまった。鍵まで閉まる音がした。
終わった。
間に合わなかった。
俺の恋は終わりを告げた——で納得できるはずがないだろ!
「くそっ! まだ間に合う!」
俺は自分の家へとダッシュで駆け込む。
目指すは自室。
ただいまも言わずに階段を上る。
「はぁ、はぁ、はぁ」
ガチャリ、と扉が開く音。聞こえてくるのは窓の外から。
俺は、走り出す。
「ベアくん……私、」
「琴音ええええええっっ!」
そのまま窓を超えて、琴音の部屋に突入した。
「え? えええええっ!? 翔君!?」
驚いた様子の琴音の肩を掴む。
「琴音! 俺はお前のことが好きだ! 中学一年生ころから好きだった!」
「え! ええ! ええええ!?」
「素直なところが好きだし料理上手なところも好きだし、さりげなく気遣いができることも好きだし、時々甘えてくるところも大好きだなんだ!」
「ちょ、ちょっとま! ちょっとまって——」
「さっきのは本当に誤解なんだ! 夏休みに琴音に告白する計画を作って浮かれてただけなんだ! 夏祭りの時にさりげなく告白しようとか考えてたけど今言う! 琴音が俺は大好きだ! 会長は本当にただ転びそうになったところを助けただけなんだ! 俺は琴音のことを愛し——むぐっ!」
「ちょっと待ってお願いだからぁ……!」
突然、口元が塞がれた。
琴音が、涙目で、俺を見ていた。破壊力が、強すぎる。
「可愛い」
「~~~! だから~~!」
口から自然と漏れ出てしまった。
「か、勝手に入ってきていきなり何なの!」
「悪い、無我夢中で、怪我する可能性すら考えていなかった」
「そ、そもそも突然部屋に入ってくるなんて何を考えてるの!?」
「でも、片付けられていて綺麗だぞ。って、琴音の部屋自体久しぶりだな」
「ななな、なんで伝わってるのよ!?」
「好きだからに決まってんだろ!」
「なななななな」
琴音のツンデレ用語など、全て理解できるようになった。
全て対応できない状態で俺が告白しようとするはずもない。
「琴音、俺と付き合ってくれ!」
さあ言ったぞ!
夏祭りの時とか立てた予定が全部崩れたけど伝えたぞ!
「ちょっと待って!」
そう言うと琴音は、深呼吸をした。
そして。
「わ、私も! 翔君が、好き、です!」
そう言った。
罵詈雑言でも理不尽な文句でもなく、琴音の声で俺に気持ちを伝えてくれた。
それはつまり。
「じゃあ!」
「ふ、不束者ですが、よろしくお願いします!」
俺と琴音が結ばれたという確かな証拠だった。
------------------------------------------------------------
余談。
「あの、どうして私が翔君に酷いこと言っても伝わるの……?」
「そりゃあ、聞こえてたからな」
「え……?」
分からないと言った様子の琴音に教えてやる。
「窓、閉めておいた方がいいぞ」
「え」
聞こえていたということは、そういうこと。
「そっか。翔君の声が聞こえるなら私の声も聞こえて当然だった……」
当たり前のことを再確認する。
だけど、次に来た言葉は、でも。
「でも、翔君ならいいや」
「うん? 良いのか?」
意外な言葉。
「だって、開けておいた方が翔君との距離は近くなるでしょ?」
最近冷たくなった幼馴染の本音が窓越しに聞こえてくる件について。 ~デレも惚気も全部聞こえてるから窓閉めた方が良いと思いますよ!?~ 角ウサギ @hedge_hog
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。最近冷たくなった幼馴染の本音が窓越しに聞こえてくる件について。 ~デレも惚気も全部聞こえてるから窓閉めた方が良いと思いますよ!?~の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます