中編

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 さて、琴音の言動は俺にだけ冷たく当たり強い。

 それも、高校に入ってオシャレを初めてから突然そうなった。

 自分は綺麗になったのだからザ・普通みたいな容姿の俺とは居たくない、そんな風に捉えられる可能性もあった。

 そうでなくてもここまで冷たくされれば、普通なら嫌になって関わり合いを避けるようになるだろう。だけど、俺はそうならない。

 いや、正確に言うとそうなれないのかもしれない。

 俺と琴音の家は隣同士。

 もっと言うと、俺と琴音の部屋も隣同士。昔は窓を伝って出入りするような仲だったのだ。

 何が言いたいのかというと、俺たち2人の間にプライバシーという言葉は殆ど仕事をしてくれないという事。


 家に入り、夕食を済ませ風呂も上がって午後九時過ぎ。

 自室にいた俺の耳に、声が聞こえてきた。


「あーもう! 私のバカバカバカ! なんで翔君にあんな態度取っちゃうのかなぁ……」


 琴音の声だ。


「このままじゃ翔君に嫌われちゃうよぉ……。ねぇベアくん、私どうすれば素直になれるのかなぁ……」


 午後九時過ぎ、琴音は一人反省会を始めるのだ。

 ちなみに、話し相手は昔ゲーセンで取ってあげたクマのぬいぐるみ。断捨離した時に捨てたと聞いたはずが随分と大事にされているようで。

 この一人反省会が初めて聞こえたのは約半年前。つまり、琴音が俺に冷たい態度を取り始めた直後から。

 聞こえた理由は単純に窓の開けっぱなし。

 むしろ、窓と窓で通れる距離なのにその窓が開けっぱなしの状態で聞こえないはずがなかった。

 俺はこの一人反省会を毎日のように聞いているからこそ、琴音を嫌いになることはない。


「朝家を出たら偶然翔君と会ってね、おはようって言おうとしたのに時間合わせないでって言っちゃったの。時間合わせたのは私なのに、酷いこと言っちゃったの」

「なるほど、だから今日はばったり会ったのか」


 琴音が所属するのは風紀委員。

 朝の挨拶当番とかいう謎の制度があるため、当番の時は早めに学校についていなければいけない。しかし、当番の日だけ早く行くのも面倒だからと常に早めに学校に行っているのだ。

 今日は風紀委員の当番じゃなかったから狙ってみたら上手くいったといったところだろう。


「その後も昼休み、頑張ってご飯に誘おうと思ったら友達と仲良く話してる翔君に嫉妬して邪魔って言っちゃったの。翔君が好きなハンバーグ作ったのになぁ……」

「くぅ……! それは食べたかった……」


 琴音は、めちゃくちゃ料理が上手い。

 いつの間にか聞き出した俺の好物を作ってくれることが多かったのだが、それが本当に美味しい。

 勉強会の目的は琴音が作る弁当だったと言っても過言ではないかもしれない。

 しかしここ半年は琴音の手料理を食べることができていない。深刻な状況。

 そんな状況で手料理チャンスを逃すなど、俺のツンデレ琴音読解レベルが足りていなかったという事。

 まだまだ精進が必要だ。


「——それでねそれでね! 今日は何と帰り道でも翔君にばったり会ったの! そこでこのヘアピン、褒められちゃった。えへへへへへへ」


 でれっでれになった琴音の声が聞こえる。

 そして、先ほど俺が言った予想通りの結果を迎える。


「あ、忘れないうちに仕舞っておかなくちゃ! 褒められたボックスはっと……」


 ヘアピンは、褒められたボックス? に仕舞われるのだ。

 要は俺が褒めたものが入っていく箱らしいのだが、この箱に入ったものを琴音が再び付けているところを俺は見た事がない。

 褒めたら再びそれを付けた琴音を見ることができなくなる。だが、俺は思わず褒めてしまう。だって、好きな子がおしゃれしていたら褒めたくなるだろ?


 ああ、言い忘れていたが俺は琴音が好きだ。

 いつもちょこちょこと俺の周りをついてきて、何をするにも一緒だった琴音を意識し始めるのにそう時間はかからなかった。

 そしてそれは琴音も同じ——だと思っていた。


「なぁ琴音、俺のことってどう思う?」

「どうって……親友かな!」


 思い出すのは受験勉強中にしたさりげない質問。

 その答えによって判明したのは、琴音が俺を友達としか思っていないということ。

 俺は愕然とした。

 これほど好意を伝えているはずなのに、伝わらないという現実に。

 ならばもっと好意を前面に出すのみと行動した結果——琴音は高校デビューと同時に綺麗になり、初めて告白を受けたことで俺に対する好意を漸く自覚した。

 それで晴れて結ばれてハッピーエンドとなるのか、そう聞かれれば違う。

 琴音は、好意を自覚しすぎてしまった。

 つまり、俺が近づくと照れて何もできなくなってしまうようになったのだ。

 それを回避しようと琴音が努力した結果——


「翔君にセクハラって言っちゃったの。もう褒めてくれなくなったらどうしよう! あ、でも他の女の子を褒めたりはしてないんだって。もしかして、翔君も私のこと……」


 この琴音が出来上がってしまったのだ。

 完全なる両想い。

 それなのに結ばれない。

 今の琴音に告白でもしようものなら反射的に罵詈雑言が出てきて振られること間違いなしだろう。

 そして一人反省会で琴音がめちゃくちゃ後悔するという結末を迎えるのだ。


「片思いの時は振られるのが怖くてできなかったし、今は両想いなのに振られるから告白ができないとは……」


 他の人にその気持ちが向かわないという事を確認できているからこんな悠長な行動を取っていられるが、夏が終われば秋が過ぎて冬が来る。

 冬が来るとどうなるか。

 簡単な話、窓が閉められて声が聞こえなくなるのだ。

 その前に本格的な夏がやってくればエアコンを付けるために窓を閉めるかもしれない。それまでに、俺は琴音への告白を成功させたい。


「明日も翔君にばったり会いますように、明日も翔君と話をできますように、明日こそは翔君と素直に話せますように……! 今日も話聞いてくれてありがとね、ベアくん。翔君、大好き……」


 ボスンッ!


 一人反省会の締めの言葉。

 あ、後半は俺がベッドに飛び込んだ音だ。

 この言葉を聞くたびにうおおおおお! と叫びながら町内を一周したくなるが、そんな奇人になるわけにもいかずベッドに飛び込んで悶えることしかできないのだ。

 できることなら俺も好きだ―! と窓から叫び返したい。

 今すぐ琴音の部屋に飛び込んで俺の積もり積もった思いを伝えたい。

 だけど、そこまで行動することは俺にはできなかった。


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