とんでもバレンタイン?
ことの発端は、中学一年からつきあいのある、わたしの親友、
二月十三日(土)の夜のこと。
「ひなぁ、明日の約束、みんなも一緒でいいか?」
「みんなも……って?」
わかってはいたけど、いちおう、美亜ちゃんに確認をする。もともと、美亜ちゃんとは明日の約束をしていたのだ。今年で四回目。今回は、当日が日曜日だったから、ふたりでちょっとだけ出かけようか……と。
そこで、いつも一緒にいてくれるから、そのお礼も込めた、毎年恒例のチョコレートを渡す予定でいたのだ。
美亜ちゃん、男前でモテるからね。女子に。毎年、チョコ、貰ってるんだよね。女子から。
そこに乗っかって、普段、自分の妹のように接してくれやがる美亜ちゃんに、わたしからの意趣返しも含んでたんだけどね。
「当然!
「ちょっと待てっ!
「おぉっ、渡瀬の名前が最初に出てくるようになったか? 進歩だな」
「美亜ちゃん、
電話の向こうで、美亜ちゃんの笑い声が聞こえた。いやいや、そんなことは、どうでもいい。わたしだって美亜ちゃんの意図くらいわかってる。明日はバレンタインデーだ。まだ先に進めてない、というより、進むつもりのないわたしと、そんなわたしに弄ばれてる形になってる渡瀬くんを、ネタにするつもりに違いない。
「わたし、チョコ、用意してないよ」
「でも、わたしの分は、今年も作ってくれてんだろ? 今なら、まだ増産できるかって思ったんだけど?」
「美亜ちゃん、簡単に言うなよなぁ。お菓子とかケーキとかって目分量じゃできないんだぞ」
「そうだけど、ひなならなんとかなんだろ?」
「だから、簡単に言うなよ」
今年の美亜ちゃんの分、小さくなるからねって断って通話を終わらせる。その瞬間、残念そうな声が聞こえてきたけど、そんなもん無視だ、無視!
まぁ、材料はあるし、作る手間はそう変わらないから、わたしにとっての問題はない。
ただ、このご時世に、手作りのでいいのか? という心配と、いきなり手作りじゃ重すぎないか? という不安が襲いかかってくる。
それに、なんて言って渡せばいいんだ? あ、美亜ちゃんが悪魔の笑顔を浮かべてる
そのあと、どうにかこうにか、数の体裁だけは繕えた。もともとはホールで作って半分こするはずだった。半分は美亜ちゃんの分で、もう半分はお父さんの分だったのに。
お父さんの分は、もう一個小さいのをべつに用意した。サイズだけ小さくするのは、意外と難しいと思った。でも、美亜ちゃんには、お父さんのと同じものは作ってあげなかった。去年から六割減は自業自得だ。
チョコの匂いが纏わりついてるのがいやだったから、遅い時間だったけど、お風呂に入り直した。そうしたら、あのすごい地震だ。久々の大きな地震に、この夜は眠れなかった。けっして、バレンタインデーに初めて男の子にチョコを渡すから興奮していたわけではない。
それに、渡すのは、渡瀬くんだけじゃないんだ。だから、ドキドキ……ではないっ!
さて、地震の影響で眠れない夜を過ごしたわたし。日曜日なのにお仕事に行くお父さんに、昨晩の出来栄えを見てもらった。合格点が出た!
「こっちのは、お父さんの分だよ。いつもありがと。それから、今日は美亜ちゃんたちと出かけるから、ちょっと遅くなるかも」
「こちらこそ、いつもありがとう」
お父さんからのその言葉だけで、がんばった甲斐もあるよね。そんな嬉しい気分に浸ったまま、お父さんが出勤するのを見送った。さて、自分が出かける支度もしておかないといけないかな。
出かけるまでには、まだ時間があるけど、いろいろ家のことも終わらせないといけないしね。掃除と洗濯は、
まぁ、掃除は簡単にだし、洗濯はふたり分の、一日ためちゃった2日分だから、一時間もあれば干すまで終えられると思うんだ。さぁ、がんばろ!
そんな、朝のバタバタを乗り越えて、いつもの、高校の最寄駅で美亜ちゃんたちと合流する。そこには、美亜ちゃんと真琴ちゃんに莉緒ちゃんがいた。でも、渡瀬くんたち、男子たちの姿は見えなかった。キョロキョロと周りを見渡すわたしを見つけて、美亜ちゃんの口角が上がったのが判った。小悪魔の笑顔だ。
「渡瀬たちには、場所をおさえに行ってもらった。流石に、◯ックで、あいつら騒がさせるわけにはいかないだろ? 最初は渡瀬にひとりで行けって言ったんだけど、あいつ、ヘタレなんだよ。ふたりを強引に引きずってった。あれ? ひな、残念だったか?」
美亜ちゃんが、手の甲で自分の口元を隠しながら、クックッって笑ってる。それは、なんの真似だ? わたし、まだなんにも言ってねぇだろ?
「美亜が、男子連中、特に渡瀬を焦らすにはちょうどいいとか言って、追いだしたんだ」
「そうそう、渡瀬くんたら、すっごいぶーたれてたよ」
「普通に日曜日のバレンタインデーに、
「そんなこと言って、場所とりに行かせたのが美亜ちゃんだったね」
とは、真琴ちゃんに莉緒ちゃん。ふたりとも楽しそうだ。それにしても、美亜ちゃんたら、渡瀬くんたちに盛大に恩を着せたな。
わたしたちが、駅前で、そんな話題に花を咲かせていると、美亜ちゃんのスマホにメッセージが届いた。三人が場所の確保に成功したようだ。
メッセージを確認した美亜ちゃんが、ニヤリと笑った。
「さて、渡瀬の緩みきっただらしない顔を見に行こうか?」
美亜ちゃんが、そう宣言して、わたしの背中を押す。
渡瀬くんたちと合流するまで、美亜ちゃんの妙な思惑を浮かべた、黒い笑顔は変わらなかった。
みんなして入ったのは、以前も使ったカラオケのお店。わたしが不満の表情を見せたからだろう。美亜ちゃんは、わたしをなだめつつも、わたしの手を引いて中に入っていく。
「ここなら、あいつらが大騒ぎしても、ほかに迷惑かかんないだろ?」
そりゃそうだけど。そんなに大騒ぎすること? もう、みんな高校生なんだよ。おとなだよね?
美亜ちゃんの言葉に、わたしはそんな憎まれ口を叩いていた。こころの中でね。
でも、入り口の前で待っていた三人を見たら、そんな淡い期待は早くも、そして儚くも消えていきそうだ。
渡瀬くんが、お預けくらったワンコみたいになってる。
「今年はいっぱいお世話になりました。これは、ほんの感謝の気持ちです。でもね、このご時世だから、ホントは迷ったんだよ。こういうのでいいのか……って。あ、作る前に、ちゃんと手は洗ったし、消毒もしてるよ」
そう言いながら、みんなにひとつずつ、小さな白い箱を配った。
「これ、ひなちゃんが作ったの?」
「うん。そうだけど……」
「お店でも出せそうだよね」
「そこまで、上手じゃないよ……」
「美亜ちゃんが自慢するのが、よく解った」
「すげぇ……」
真琴ちゃんと莉緒ちゃんが、箱の中を覗いて呟く。どうやら、ここでも合格点はもらえたようだ。そして、何故か、美亜ちゃんの態度が大きい。
そんな、女子たちの喧騒の中、渡瀬くんの呟きがわたしの耳にも届いた。
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