わけわかんない(後日談)

 全世界規模で蔓延を続けるウイルスに抗うように、わたしが通う高校も、2学期という季節を迎えた。普段より一週間早い、八月の下旬。

 そんな、二学期初日、ちょっとした事件が勃発。

 一学期、それなりに仲の良かった男子、渡瀬わたらせつかさ(仮名)くんが、頭を銀色に染めて登校してきた。


 わたしの通う高校は、校則がそれほど厳しくはなく、髪を染めるのも、完全に禁止されているわけではなかった。

 しかし、渡瀬くんのその色は、明らかに不自然。許されるはずを超越していた。


 その、派手な銀髪の渡瀬くん、染めた理由にわたしを持ちだした。

 わたしと同じ色だから、いいだろ? みたいな。

 いいわけがない! わたしの髪は病気の影響で、少しずつ白くなっていくんだ。わざわざ、白く染めたいだなんて考えるわけもない。


 抗議しようと立ち上がりかけたわたしの肩に、そっと、友人である大槻おおつき美亜みあ(仮名)ちゃんの手が置かれた。わたしに向けられた顔は、かわいすぎるくらいの笑顔だった。その笑顔のままひとつ頷いた……かと思った瞬間。

 美亜ちゃんのグーが、渡瀬くんにヒットしていた。


 更に、この渡瀬くん、先生たちに連行され、たっぷりとお仕置きをされた後、放免。わたしに許しを得てくることという難題にぶつかっていた。


 教室に戻ってきた渡瀬くんは、ことあるごとにわたしのところに来ては謝っていった。でも、その度に、美亜ちゃんがわたしの隣で睨みを利かせるてるものだから、ずっとビクビクしていた。

 でも、わたしも、その対応が、次第に面倒になってきていた。だってわたしにだってやりたいことあるもん。物語読んだりとか、執筆したりとか、近況ノートとか。それなのに、休み時間ごとに来るんだ。

 わざわざ、ネットでエッセイ書いてるとかバラしたくないっていうのに。


「解ったから……、もういいよ」

「その言い方は、許してくれたんじゃないだろ?」

「どうして、その気ィ使いぃ〜を、さっき言わないかな?」

「ごめん」


 仕方ない。いつまでも、この膠着状態を続けるわけにはいかない。


「じゃあ、今日一日反省してもらって、反省文百枚書かないといけないんでしょ? 明日の帰り、このお店のこのかき氷、ご馳走してください」


 なんか、お金で解決するみたいでイヤだったけど、目に見える形で謝罪を受け入れたほうが、渡瀬くんも納得してくれるんじゃないかって思ったんだ。


 ここまでが、二学期初日のお話……。



 そして、次の日、約束どおり、渡瀬くんがちょっと贅沢なかき氷を、ご馳走してくれることになった。渡瀬くんは、自転車通学なので、途中経由する駅前で待ち合わせることにした。その約束を取り付けたのは、美亜ちゃんだった。

 なにやら、楽しげだ。


「美亜ちゃんは、ついてきてくれるって、昨日言ってたけど……? みんなもくるの?」

「ひな、ひとりじゃ心配だからなって言ったら、みんな揃って、ついてくって」


 わたしの周りで、女子、3、男子、2、が大袈裟に頷いている。渡瀬くんが肩を落としたように見えた。



 夕方なのに、送迎バスを降りた駅前は、もわっとした熱気に包まれていた。わたしを含めて四人の女子。男子は全員が自転車らしい。

 それほど待つことなく全員が合流。七人の大所帯になった。目的の店に向かって移動を開始。

 数メートルくらい後ろをついてくる渡瀬くんは、ふたりの男子に、この暑さの中、ガッチリと肩を組まれていた。

 見てるだけで、暑苦しい。真ん中で小さくなってる渡瀬くんだって、暑いんだよ。顔が真っ赤だ。


「あぁ、ひなは気にしなくていいよ。弱みを握られた渡瀬アイツが悪いんだから」

「美亜ちゃん、わたしなんにも言ってないけど……」

「そうだね。まぁ、そのうち、ひなにもわかるよ」


 後ろを振り返り、気にするわたしに、美亜ちゃんが話しかけてきた。

 でも、美亜ちゃんの言ってることが理解できないわたしは、ほかのふたりの女子の友人に助けを求めた。でも、ふたりして、笑ってるだけだ。わけわかんない。

 その様子を見て、頬を膨らませるわたし。


「ひなのそういう仕草がかわいいんだよ」

「なに? 突然?」

「そういう子どもっぽい仕草がかわいいよな……って話」

「子どもっぽいは酷くない?」

「そうかぁ? でも、そう思ってるのはわたしだけじゃないって思うけど?」


 そう言った美亜ちゃんが、後ろを振り返った。女子の友人たちも笑ってる。

 わたしの頭に中に、ちょっとした想いが浮かんだけど、自分から言うのも憚られる気がしたので、黙ってることにした。



 目的の店は、みんなで五分ほど歩いて到着した。通りの両側に、古い蔵造りの街並みが続いていた。その一角にあった。

 七人揃って、同じ席とはいかず、わたしは美亜ちゃんと渡瀬くんと一緒だった。美亜ちゃんが強引に席決めしたのだ。


「ひなが渡瀬にご馳走になるんだから、席が一緒は当然だろ? わたしたちは自分持ちなんだからさ」


 そう言われたら断れないじゃない。わたしと美亜ちゃんが並んで座る。渡瀬くんとふたりきりにされなかっただけ安心できた。そして、その向かい側に渡瀬くん。その、渡瀬くんもなんだか居心地が悪そうだ。

 みんなの注文を美亜ちゃんがまとめてくれた。気遣いのできる女子って、同性のわたしから見ても素敵に思える。

 わたしは、別に気遣いのできる子じゃないから、余計に素敵に見えるのかもしれない。ないモノねだりだ。



 目の前には、贅沢なかき氷。美亜ちゃんはスマホで写真を撮っている。その緑と小豆色のコントラストが綺麗だった。

 わたしの前には、たくさんの苺、イヤイヤ、たくさんの種類のベリーと表現したほうがいいのかな? ピンクや赤や赤紫が輝いてる。

 これを目の前にした、わたしの瞳だってキラキラしてたかもしれない。ワクワクしてたかもしれない。

 だって、普通にお目にかかる、お祭りとかで食べるかき氷とは、まったくの別物なんだよ。こんなに興奮しちゃうなんて、なんてはしたない。前に座ってる渡瀬くんにも笑われてる。自重自重!


「いただきます」


 わたしが、こう言いながら、贅沢なかき氷の前で手を合わせるのを見ていた渡瀬くんが、不思議そうにわたしを見ている。


「ん? どしたの?」

「ん! 浅葱あさぎって、すごい行儀がいいんだなって」

「ふぇ? 普通じゃない? これくらい」

「そうかぁ? 俺、やったことないよ。みんなもそこまでやってないじゃん」


 渡瀬くんの言葉に、周りを見渡してみた。美亜ちゃんをはじめ、隣のテーブルの四人も揃って頷いていた。


「ウチ、厳しかったからねぇ」

「躾がか?」

「違うよ、周りの目がさぁ」

「周りの……目?」

「うん、わたしができないと、周りから言われるんだよ。これだから片親はって。お父さんが責められちゃうんだよ」


 わたしの自嘲気味の言葉で、雰囲気が暗くなってしまった。いけないいけない。

 わたしが、そんなことを考え、みんなの様子を窺うように視線を上げると、何故かみんながニヤニヤしている。その微妙な笑顔のまま、チラチラと渡瀬くんに視線が向けられている。

 なんだか、わたしだけが、その事態に気づけていないっぽい。思わず、コテンと首を傾げると、また美亜ちゃんに笑われた。


「ひなは、これ、素でやるからなぁ。なぁ、渡瀬?」


 美亜ちゃんが、訳のわからないことを渡瀬くんに向かって喋っている。隣のテーブルの四人も笑っていた。美亜ちゃんの口角が少し上がって見えるけど、その意味でさえもわたしには理解不能だった。

 悪魔が囁いてるようにも見えたけど、そう思ったことは、わたしだけの秘密だ。



 みんなで、贅沢なかき氷を食べた後、美亜ちゃんが音頭をとって、場所を変えることにした。待ち合わせをした駅前まで戻り、すぐ目の前にあるビルのカラオケに連れていかれた。


「わたし、苦手なんだけどなぁ……」

「うん、判ってるよ。でもさ、渡瀬にも、少しくらい、花を持たせてやんないと」

「花?」

「そう、少しくらいカッコいいとこ見せられる場所を用意してやんないと……な?」

「な? って言われても」


 わたしは、未だに小学生の頃のトラウマを引きずっている。みんなの前で歌うことが苦手だし、上手でもない。そんなわたしが、その場にいるだけで、雰囲気が悪くなる気がするんだ。

 美亜ちゃんは、それを知っていたはずだけど、その上で、わたしを誘うのはどうしてなんだろ?

 そんな想いを抱えて、美亜ちゃんを見つめる。

 すると。


「ひなにも、罪悪感が残ってんだろ? それも解消しとかないと、渡瀬と対等にならないからな。ひなの事情は、わたしが説明しといてやる」


 罪悪感。渡瀬くんからの謝罪を受け入れたという事実を作るために、お金で解決するような手段を考えてしまったことに、不満は残っていた。

 でも、渡瀬くんと対等に……って、どういうこと?

 美亜ちゃんが、少し離れた場所に、渡瀬くんを引っ張っていく。耳元で、なにやら囁いている。どうして、あんなに楽しそうなんだろ?


 時々、『ダメだろ、それ!』とか、『謝ったことになんねぇじゃん!』とかって、渡瀬くんの声が聞こえてくる。

 その声が聞こえてくる度に、わたしは肩を震わせてしまう。突然の大きな声に怯えてしまうのも、幼少の頃のトラウマだ。


 あ、美亜ちゃんが、わたしを指差した。それに釣られてわたしを見た渡瀬くんは、微妙な表情を浮かべてる。

 ふたりが揃って戻ってきた。というか、美亜ちゃんが渡瀬くんを従えてきたようにしか見えなかった。

 さっきも、弱みを握られた、とかなんとか言ってた気もするけど。美亜ちゃんまでが、なにかを握ってしまったようだ。

 美亜ちゃんの背後に黒い尻尾が見えた気がするよ……も、わたしだけの秘密にしておこう。

 その美亜ちゃんが。


「渡瀬の分は、ひな持ちでいいよな? 渡瀬コイツからの謝罪を、お金で解決したのがイヤなんだろ? そういうわけだから……、渡瀬にも、男のメンツがあんだろうけど、気持ちよく受けてやれよな」


 わたしは、わたしが言いたかったことを、美亜ちゃんが代わりに言ってくれて、正直ほっとした。そうか、男の子にはメンツもあるんだ。そこまでは考えてなかった。

 わたしは、美亜ちゃんの提案に即座に頷いた。でも、渡瀬くんのほうは、まだ、納得してない感じだ。

 あ、美亜ちゃんが渡瀬くんを睨んだ。



 カラオケのお店に入って、わたしは、渡瀬くんの隣に座らせられた。美亜ちゃんに。

 その美亜ちゃんが、全員分の飲み物をオーダーして、最初にマイクを握る。それをきっかけにして、ほかの友だちも選曲している。

 そんな、ほのぼのとした雰囲気の中で、渡瀬くんが口を開いた。


「ここの分を、浅葱が出したら、俺、謝ったことにならないじゃん? 俺、それがイヤでさぁ……」


 そうだよね。わたしは、美亜ちゃんの口から『男のメンツ』って言葉が出てくるまで、そんな思いがあるなんて気づかなかったもんね。わたしが、渡瀬くんのメンツを潰しちゃったことになるのかな? う〜ん。

 そんなことを考えながらも、わたしだってイヤなんだよ。この解決方法が。


「渡瀬くんは、バイト……とかしてる?」

「いや……」

「なら、さっきのかき氷のお金は、お小遣いからだよね? そんなにたくさん貰ってる?」


 もう、失礼を承知で聞いてみた。いちおう、小さな声で。まぁ、みんなの歌声で周りには聴こえてないみたいだけど、これを大声で怒鳴ったら、それこそ『男のメンツ』を潰しちゃうもんね。


「たぶん……、一般的な金額だと思う」


 渡瀬くんは、言いにくそうにしながらも、そう言った。


「わたしも、たぶん、そのくらい。ていうことは、それほど余裕はないでしょ? わたしは殆ど使わないけど……、渡瀬くんは?」

「けっこうキツい時もある……」

「無駄遣いしてるの? なんて聞かないけど、月のお小遣いの価値って考えたことある?」

「価値?」

「うん、お父さんたちが、それだけ出すのに、どれくらい働いてるか考えたことある? あ、うちは半日分だって言ってた」


 渡瀬くんは、わたしの隣で首を捻っている。


「今度、聞いてみるといいよ。うちはお父さんとふたり暮らしだから、生活費の管理もいくらか任されてるんだ。だから、これは、どれくらいの対価なのかって時々考えるよ。派手に節約……とかはしてないけど、値段の比較はするしね」


 わたしは、ここまで言い切って、そっと隣の渡瀬くんの顔を見上げた。小柄なわたしは、どうしても見上げることが多いんだ。あ、渡瀬くんが、目をそらした。

 その向こうでは、美亜ちゃんが笑ってる。そして、渡瀬くんを執拗に指差しながら、わたしにマイクを回してきた。

 わたしが、渡瀬くんに、そのマイクを渡す。美亜ちゃんから『良くやった!』のサインが向けられている。





 次の日、お昼休みがもうすぐ終わろうかという頃、渡瀬くんに、教室の外に連れ出された。教室の入り口では、美亜ちゃんたちが顔だけ出して、わたしたちの様子を窺っている。

 それを知らない渡瀬くんが、大きく深呼吸をして、わたしを見ている。

 そして。


「浅葱、イヤ、浅葱さん……、お、俺と……、付き合ってくださいっ!」


 一瞬、渡瀬くんに、なにを言われたのか理解ができなかった。わたしは、また、コテンと首を傾げた。それを見た渡瀬くんの頬が紅くなってる。その後方でも、一瞬の沈黙があって、そして、いきなりざわめきだした。え? えっ?

 なに? この漫画みたいなシチュエーション? わけわかんない。



 これが、9月の最初に、わたしがあわあわしていた理由なのです。初めてのことで、どうしていいのかわからなかった。

 あれから、1か月経ったからね。もう、解禁だよ!

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