ドキュメンタリー『嘘のようなホントのこと』
なりたくてなったわけじゃないし
久しぶりの学校だった。3週間という短い夏休みが、今日、終わり、普段なら2学期という、イベント満載の学校生活が幕を開けた。
今年の世界各国は、異常な事態が続いていて、もっと小さなコミュニティである、わたしたちの周囲も、その被害を執拗に受けていた。
わたしは、高校の送迎バスを利用しているので、自力で通学する生徒たちよりは、早く学校に着くのだ。同じ送迎バス組の友人たちと、久しぶりの挨拶を交わし、短い夏休みの思い出話に夢中になっていた。
その、喧騒を、一瞬でも静かにさせるほどの大きな声が、開け放たれた教室のドアの向こう側から聞こえてきた。
自称、クラスのムードメーカーを豪語する、
その、渡瀬くんを見たクラスメイトの動きが、一斉に固まる。
「どうしたん? その頭?」
「ん? 染めたんだよ。似合ってんだろ?」
そう言って、ニヤリと笑みを浮かべた渡瀬くん。染めたという髪をかきあげて見せる。
教室にいた、わたしの友人たちは、渡瀬くんの髪を見て、わたしの髪を見て……を、交互に繰り返している。
渡瀬くんのその頭、髪の毛が銀色なのだ。
「何故、今頃、高校デビューなんだ?」
「普通は、夏休み中染めてても、学校始まるときには戻してくるもんだろ?」
「えぇっ、いいじゃん!
立ち上がりかけたわたしの肩に、そっと、友人である
美亜ちゃんのグーが、渡瀬くんにヒットしていた。
「今、なんつった?」
お腹を押さえて蹲り、その後、のたうち回る渡瀬くんが、美亜ちゃんの質問に答えられるはずもなく、美亜ちゃんが一歩、また一歩と、その距離を無慈悲な程に詰めていく。
「ひなの髪は染めてねぇって最初に聞いたよな? あん?」
「美亜ちゃん、ガラ悪いよ」
「このくらいやんねぇと、この
「それはそうだけど……」
「ひなもなんか言ってやれっ!」
「う〜ん、いいよ……もう。美亜ちゃんたちが怒ってくれたから……」
美亜ちゃんをはじめ、数人の友人たちに取り囲まれてる渡瀬くん。すごい、蛇に睨まれた蛙……みたいになってる。まぁ、気の毒だけどしょうがない。
わたしの通う高校は、結構おおらかで、髪を染めるのも完全に禁止はされていない。良識の範囲で、あくまで自然に見えるくらいで……って、規定がある。ダメって禁止しても、生徒のだいたいが茶色くしちゃうから、学校側も多めに見てる感じ。
黒より茶色のほうが明るく元気に見えるっていうのもあるんだろうね。印象操作?
わたしからしたら、斑な白と茶より、しっとりと見える濡羽色の黒髪がいいんだけどな。ないモノねだりしても、これだってしょうがない。
でも、目の前で、子犬よろしく震えてる渡瀬くんの銀色は、どう見ても自然じゃない。全部が白いと銀色に見えるから不思議だよね。綺麗だけど、でも、なんか違う。
「あぁ、美亜ちゃん、もういいよ。わたしはだいじょうぶだから。ありがと」
明らかに、渡瀬くんの視線が、わたしに向けられた。わたしの言葉に、赦されたって思ったのかな? 諦めてるだけなんだけど……。渡瀬くんの身近に、こんな症例はいないんだろうけど……。
だから、最初の自己紹介の時に言葉にしたのに、わたしの言葉は、渡瀬くんには届いてなかったんだな……って、ちょっとだけ哀しくなった。
暫くの間、教室中が騒ついていた。そりゃそうだ。
いきなり、銀髪の渡瀬くんが登場し、美亜ちゃんの拳が唸り、みんなに吊し上げられてるんだ。衝撃的いやいや、笑劇的な、二学期の初日になったのだ。
みんな、コントだとでも思ってくれる? そのほうが、わたしは気が楽なんだよ。
そんなことを考えてると……。
「はいはい、皆さん、席についてくださいね」
わたしたちの担任が、教室の入り口で手を叩いていた。この担任は、わたしの望む、濡羽色の黒髪を持つ美人の先生なのだ。男子生徒はもとより、女子生徒に人気がある。
わたしが、その容姿を見て、はぁ〜って、溜め息を
「浅葱さんは許した……、あぁ、その顔は赦してないんだね。じゃあ、そういうことで、渡瀬くんは、こってりと絞られてらっしゃい!」
わたしが、頬を膨らませていたのを見つけたのだろう。
そして、先生が指差した先には、教頭先生をはじめ、この高校の重鎮と呼ばれる男の先生たちが待ち構えていた。
それこそ、これから事情聴取されるんだね。美亜ちゃんたちが揃って合掌してる。
「この学校は、結構、校則が緩いんです。でも、それは、なんでも好き放題やっていいよって言うのとは違うんですよ。髪を染めるのもそう……。誰かがやってるからとか、誰かと同じだからとか、その誰かに責任を転嫁させるのはダメ! 自分の責任のもとで、自分の考えを言えるようにならないとね」
担任の言葉、それはそのとおりなんだ。
わたしの、この白い髪は、なりたくてなったわけじゃないし……。それどころか、現在進行形でさらに白くなってるし……。
わたしと同じ色って、言われたことが、わたしの行き着く未来みたいに思えたんだ。たぶん、このペースだと二十代で真っ白かもしれない。
命の危機に瀕してない……だけ、わたしは、まだマシかもしれない。うん、そう思おう。
教頭先生たちに、ドナドナの子牛の如く連行されていった渡瀬くんは、生徒指導室で一時間のお説教だったそうだ。それに、反省文百枚が追加で課せられたみたい。百枚? でも、銀髪はそのままで済んだようだ。丸刈りにされなくてよかったよね? どうでもいいけど……。
で、一番の難問が、わたしに赦されてくること……ですって。
むぅ〜、先生たち、丸投げしたな。
その後、教室に戻ってきた渡瀬くんは、ことあるごとにわたしのところに来ては謝っていった。でも、その度に、美亜ちゃんがわたしの隣で睨みを利かせるてるものだから、ずっとビクビクとしてた。
でも、それが、次第に面倒になってきた。だってわたしにだってやりたいことあるんだよ。物語読んだりとか、執筆したりとか、近況ノートとか。それなのに、休み時間ごとに来るんだよ。
わざわざ、ネットでエッセイ書いてるとかバラしたくないもん。
「解ったから……、もういいよ」
「その言い方は、許してくれたんじゃないだろ?」
「どうして、その気ィ使いぃ〜を、さっき言わないかな?」
「ごめん」
仕方ない。いつまでも、この膠着状態を続けるわけにはいかない。
「じゃあ、今日一日反省してもらって、反省文百枚書かないといけないんでしょ? 明日の帰り、このお店のこのかき氷、ご馳走してください」
なんか、お金で解決するみたいでイヤだったけど、目に見える形で謝罪を受け入れたほうが、渡瀬くんも納得してくれるんじゃないかって思ったんだ。
「そんなもんでいいのか? 安上がり……」
「ブッブーです。わたしが気ィ使ってるてのに……」
「ごめん」
「わたしは、怒ってるって言うより、諦めちゃってるんです。だから……」
「ごめん。俺は、そこに気づかなかった」
「そこに気づいてくれただけでいいよ」
無理やりに決着をつけたわたしは、おとななのか、子どもっぽいのか……。
ということで、今日の放課後、美亜ちゃんたちも一緒に、かき氷、食べて帰ります。
渡瀬くんの言うように、わたしって安上がりだ!
今年、この街でちょっと人気のある、ちょっと贅沢なかき氷。まぁ、女の子にとっては魅力的に映るんですよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます