第314話:魔王と魔人 5

 地下牢とは思えないほど清潔にされた場所で、森谷は横になっていた。

 寝具もディルクさんが命じてくれたのだろう、とても大きく、ゆったりとしたものが設置されている。

 布団一式もとても上等なものではあるだろうけど、ここは森谷との約束でもあるので、申し訳ないが変えさせてもらうとしよう。


「わざわざ布団一式を持ってきたのか?」

「俺たちが作っている羽毛布団は他とは違いますからね。森谷もこれの虜なんですよ」

「ほほう、そうなのか……」


 何やら物欲しそうな眼を向けられているが、これは森谷のために持ってきた羽毛布団なのでどうしようもない。

 まあ、魔法鞄の中にはディルクさんに欲しいと言われた時のために、いくつか羽毛布団一式を入れているのだが、あえて言う必要はないだろう。


「それじゃあ交換します。アリーシャと……ディルクさんも手伝ってくれますか?」

「分かりました」

「仕方がない、手伝ってやろう」


 アリーシャが森谷をディルクさんが森谷を抱き上げ、俺とアリーシャで布団を交換していく。


「そういえば、フィリアさんはどうしたんですか?」

「フィリアは軍の訓練を行っている。彼女は今や、国家騎士団長様だからな」

「トウリさん、フィリア様というのは?」

「ディルクさんの右腕で、聖騎士の方だよ」

「女性で聖騎士なのですか……格好いいですね」

「まあ、フィリアは見目もいいからな。絵にはなるだろう」


 この人、さりげなく部下自慢をしてきやがった。


「だが、あまりに天然すぎて困らされることの方が多い気もするがな」


 ……前言撤回、きちんとした分析を口にしていました。

 実際にフィリアさんは戦争の時、相手の口車に乗せられてディルクさんと対立している側に立っていたのだ。

 今はディルクさんもいるし、きっと周りに彼女をサポートしてくれる人もいるだろう。

 きっと大丈夫……なはずだ。


「終わりましたよ、トウリさん、ディルク様」

「では、下ろすぞ」

「お願いします」


 アリーシャの言葉にディルクさんが応え、俺も返事をする。


「……なるほど。確かにこの羽毛布団は、他とは違うようだ」


 おっと、ディルクさん。森谷を下ろす時に触れてしまったようですね。

 そうですとも、これはとても寝心地が最高で、一日の疲れを一気に吹き飛ばしてしまう、そんな最高の羽毛布団になっているんですよ。


「欲しいな。いくらだ?」

「大量には無理ですけど、一組くらいなら献上しますよ」

「いいや、二組欲しい。いくらだ?」

「……それなら、二組献上します」

「…………何が望みだ?」

「何も望みませんって! ロードグル国でお世話になったし、そのお礼ですよ!」


 ディルクさんは人からの好意を素直に受け取れないのだろうか。

 だがまあ、王族が他人からただであげるよと言われて、素直に受け取れるようなものではないか。

 すべてのことに裏がある、と考えていても不思議ではない。


「……本当にいいのか?」

「はい。いいよな、アリーシャ?」

「もちろんです、ディルク様。私たちの都市で作られている名産品を、ぜひご堪能していただければと思います」

「……助かる」


 そう口にしたディルクさんは目頭を押さえ、疲れたように息を吐いた。


「だいぶお疲れなんですね」

「戦後なのだから当然だ。これで少しはゆっくりと寝られればいいんだがな」

「……たぶん、眠り過ぎて最初は驚くと思いますよ?」

「まさか、そうはならんだろう」

「トウリさんの言う通りです、ディルク様。この羽毛布団に初めて横になった人は皆、寝過ごしてしまいましたから」


 俺だけではなくアリーシャにまで言われたディルクさんは、森谷が眠る羽毛布団に改めて視線を落とした。


「……しばらくは使わない方がいいかもしれんな」

「一日くらいしっかり休んだ方がいいと思いますよ?」

「その通りです。仕事の効率もきっと上がりますよ」


 俺とアリーシャの説得により、ディルクさんは今日の夜に羽毛布団を使ってみると言ってくれた。

 だけど、もう一組は誰に渡すのだろうか。

 ……まあ、きっとフィリアさんなんだろう。ディルクさんは彼女のことをとても大事にしているからな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る