第307話:魔眼から見ていた者

 マリアの魔眼は稀有なスキルだ。

 そもそも、人間に魔眼スキルが発現すること自体過去に例がなく、マリアはこの世に生を受けた時から大事に育てられてきた。

 しかし、魔眼スキルがとある者の意思によって無理やり彼女に与えられていたということには誰も気づいていなかった。

 そう――マリア本人ですらも。


「……あの女はもう使えんなぁ」


 大陸のどこに存在しているのかも分からない場所の一室で、とある者が肘掛けに頬杖をつきながらそんな言葉を口にする。

 彼が見ているものは漆黒の宝玉であり、先ほどまでマリアの魔眼を通した景色が映し出されていたが、今は瞼を閉じているせいもあり真っ暗になっていた。


「それにしても、神を冠する職業を持つ者が現れたか。それも、二人」


 そう口にしたものの、彼は小さく笑いながら首を横に振った。


「いや、違うか。一人は過去の遺物であるからなぁ」


 過去の遺物と評されたのは、大樹のことだ。

 当時の見た目からは大きく姿を変えているものの、彼には幼児姿の男の子が大樹であることが一目で分かっていた。

 それは何故か――過去に対峙したことがあったからだ。


「生きていたとは驚いたな。……あいつら、しくじっていたとは」


 小さく舌打ちをした彼は、それでもすぐに笑い始めた。


「……くくくく。だが、これで奴を封じることには成功した。これ以上、奴に邪魔をされるわけにはいかないからな」


 豪奢な椅子に深く座り直した彼は、すぐに思考を大樹からもう一人の神級職である桃李へ向ける。


「支援職の神級職か。まあ、問題にはならんだろう。幸いなことに魔の森の近くを拠点にしているようだし、あそこで始末してしまうか」


 彼がそう言いながら指を鳴らすと、漆黒の宝玉が消え、入れ替わるように執事然とした人物が現れた。


「お呼びでしょうか――魔王様」

「魔の森へ赴き、神級職を殺してこい。周囲が焼け野原になっても構わん」

「かしこまりました」


 短いやり取りで執事然とした魔人は姿を消した。

 魔王と呼ばれた彼は再び頬杖をつくと、ゆっくりと瞼を閉じる。


「……つまらん。我も足を運ぶか? あ奴が失敗するとも思えんが……まあ、考えておくか。久しぶりに地上に降臨してみてもいいかもなぁ」


 地上に降臨してからのことを想像しているのか、魔王は瞼を閉じたまま不敵な笑みを浮かべていた。


 ――桃李に迫る脅威は、刻一刻と足音を大きくさせていたのだった。


 ◇◆◇◆


「……あぁ、魔王様から直接指示をいただくことができました! 私はもう、死んでもいい!」


 執事然とした魔人は恍惚の表情を浮かべながら両手を広げていた。

 魔王に心酔しているからこその行動であり、この指示は絶対に成し遂げなければならないと考えていた。


「最善の準備をして、確実に神級職の人間を殺しましょう! あぁ、楽しみです! この命令を遂行し、また魔王様に声を掛けていただくのです!」


 はぁはぁと息を荒くしながら、魔人は地面に転移魔法陣が描かれた場所にやってきた。


「待っていなさい、神級職! 私――魔人ホルモーンがあなたを殺して差し上げましょう!」


 歓喜の声をあげながら、魔人ホルモーンは地上へ転移したのだった。

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