第301話:森谷大樹の憂鬱

「……ふあぁぁ」

「こいつ、ふざけやがって!」

「殺してやるわ!」

「はああああっ!」


 大きなあくびを噛み殺すこともせず、大樹は相対している異世界人を相手に戦っている。

 相手は三人、全員が上級職であり、レベルもそこそこ高い。

 彼らは桃李のクラスメイトで土門力、渡辺忍、小田春樹である。


「びゅーん」

「うおおおおっ!?」

「ちょっと、土門! なんであんたが吹っ飛ぶのよ!」

「全く、近づけないぞ!」


 効果音を付けるかのように口で呟くと同時に、大樹の周りには暴風が吹き荒れる。

 最初こそ全員が吹き飛ばされたが、二度目からは警戒している。

 ただし、猪突猛進な土門だけは何度も突っ込み、何度も吹き飛ばされるを繰り返していた。


「うるせえ! 俺はこの方法でずっと勝ち続けてきたんだ! こいつも絶対にぶっ潰せる!」

「もう! なら勝手にしなさいよね! でも、私の邪魔だけはしないでよ!」

「それは私のセリフだ!」


 三人は常に別行動を取っていた。

 それは仲が悪いからというわけではなく、広い戦場において戦力を固めることが愚策だからだ。

 一騎当千の力を持つ彼らは受け持ちの戦場を常に支配し、勝利を手にしてきた。

 だからこそそれぞれが単騎での戦闘を得意としており、集められたとしても連携を取ることはなく、むしろお互いに足を引っ張り合ってしまっている。

 この状況が大樹には有利に働くのだが、彼は非常に憂鬱な気持ちで戦っていた。


(あーあ。これ、絶対に春香ちゃんに嫌われるパターンだよねぇ。彼女の料理は美味しいから、嫌われたくはないんだけどなぁ)


 最初は大樹も春香の願いを聞き入れて手を出さなかった。

 しかし、三人が一切の迷いなく春香へと襲い掛かり、彼女も本気で抵抗することができず傷を負うところだった。

 自分が傷つくことで生徒を守れるなら、傷つくことを選択してしまう春香だからこそ、桃李も大樹に彼女のことを任せたのだ。


(貧乏くじを引かされたなぁ。まあ、引き受けた僕が一番悪いんだけどねぇ)


 本当なら自分で片を付けたかっただろう春香を背にして、大樹はたいして苦戦しない相手に再び魔法をぶっ放した。


「どっかーん」


 ギャーギャーとうるさい三人の中心で地面が爆ぜ、そのまま三方向へと吹き飛ばしてしまう。

 結構な威力の爆発だったが、さすがは上級職と言ってもいいのか、三人は気絶することなく耐えていた。


「ぐぅ……ちくしょう」

「……きっつぅ」

「……う、うご、けん」


 とはいえ、ただ耐えただけでダメージがないわけではない。

 これで終わりだと判断した大樹は春香へと振り返り声を掛けた。


「桃李君から捕獲用魔導具を受け取っているよね。それを使ってくれるかな」

「……」

「……春香ちゃん?」

「……はい」


 絞り出すように返事をした春香は、言われた通りにプリズンロープを使い三人を縛り上げていく。

 これで一件落着なのだが、先ほどの春香の態度を見て大樹は大きくため息をついた。


(あぁぁ~! やっぱり嫌われちゃったかなぁ~!)


 内心でそう思っていると、春香は何を思ったのか急に自分の両頬をパンッ! と音が鳴るほどの勢いで叩いた。


「……ど、どうしたんだい、春香ちゃん?」

「申し訳ありませんでした、森谷さん!」

「……え? 本当にどうしたんだい?」


 嫌われたと思っていた矢先に謝罪され、大樹は珍しく困惑していた。


「私が未熟なばかりに、このような汚れ役をやらせてしまいました」

「いやいや、これは僕が望んだことだからね」

「……真広君、ですよね?」

「あー……まあ、そうとも言うかな」

「……帰ったら、真広君にも謝らないといけないな」

「そうしてくれたら、僕も気が楽になるかも」

「うふふ、わかりました。それと、美味しいお料理をセットにしたら許してもらえますよね」

「それはもう! 僕は春香ちゃんの料理が大好物なんだ! いやー、楽しみだなー!」


 こうして春香と森谷の戦いは、予想以上に和やかなムードで終わりを迎えていたのだった。

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