第291話:勇者と剣聖と鑑定士 32

 部屋を出てしばらくは誰もいなかったものの、すぐに人を避けて通るには難しい状況になった。

 見張りの兵が常に立っており、その場から移動する気配を見せないのだ。

 鑑定でもここの警備は厳重になっており、持ち場を離れることは誰もせず、さらに侵入できたとしても中の警備にも人数が掛けられている。

 そんなここがどこかというと――


「ここにマリアがいるんだよなぁ、離宮にさぁ」


 俺はてっきり王城の王の間、それ以外では自室にこもって事務作業でもしているのかと思っていたが、どうやら城の一室を自室にしているのではなく、普段は離宮で生活をしているらしい。

 王城から結構な距離を歩くはずなのだが、どうしてわざわざ距離のある離宮で普段の生活を行っているのだろうか。


「城の中ではゆっくりできない、ということじゃないか?」

「でも、お城だぞ? ゆっくりできないお城ってどうなんだよ」


 ディルクさんの言葉に俺は質問で返した。


「権力者なんて、そんなもんだ。我も対立派閥の人間から何度も暗殺を仕掛けられたからな。自室にこもっていても心の底から安らぐことなどできなかったよ」

「……え? ロードグル国の前王って、酷い王様だったのか?」


 まあ、前王ってことはディルクさんのお父さんなわけだけど。


「いや、むしろ私利私欲をほとんど持たない平凡な王だった」

「ですが、だからこそ私利私欲にまみれた権力者たちと対立してしまったのでしょう」

「それが皇太子殿下たちの暗殺に繋がったってことか? ……権力者、怖いなぁ」


 そういう権力者とだけは付き合いたくないな。

 アデルリード国で言えば……あいつだな、レレイナさんのお父さん。

 娘はめっちゃくちゃいい人なのに、どうしてレレイナさんのお父さんがあいつなんだろうか、本当に疑問である。


「なあ。それはそうと、俺たちはどうしたらいいんだ? こっちに軍がいるわけじゃねえだろう?」


 ここで戦闘狂のギースさんが口をはさんできた。

 まあ、彼の言うことも間違いではない。この場に隠れていても時間がもったいないし、見張りが動かざるを得ない状況を作り出すとしますか。


「離宮警備の兵士たちは逆側の建物を宿舎にしているようです。なので、そちらに攻撃を仕掛けてくれませんか?」

「いいぜえ! あっちで暴れればいいんだな!」

「でも、単身突撃はやめてくださいよ?」

「んでだよ! 俺は魔法なんてからっきしなんだから、突撃するしかねえだろうが!」


 はいはい、そういうと思ってましたよ。

 だからといって戦闘狂に貴重な魔導具を簡単に渡すわけにはいかないので、ものによっては人を選んで渡しましょうか。


「まずは三人にこれを持ってもらいます」

「これはなんだ、トウリ?」

「防御用魔導具。傷を負う攻撃に対してだけ自らの魔力を消費して防いでくれる。魔力枯渇が起きない程度に魔力が消費されるから、魔力が少なくなってきたら逃げてくれよ」

「す、すごい魔導具ですね、これは」

「んなら突撃してもいいんじゃねぇか?」


 ギースさん、話を聞いていたんだろうか。魔力が枯渇しそうになったら使えなくなるってことなんだよ?


「それと、これはディルクさんに」

「こっちは……武器か?」

「魔法攻撃用魔導具です。こいつを一発ぶっ放してもらえば、きっと離宮の見張りも駆けつけるはずだ」

「……トウリが作った、魔法攻撃用魔導具か」


 ん? どうしてそこで俺が作った、を強調するんだろうか?


「……フィリアよ、何かあれば頼んだぞ?」

「はっ! お任せください、ディルク様!」

「すげぇな、おい! なあ、俺にはないのか?」

「ギースさんに渡したら無駄に乱発しそうなんでないです」

「なんでだよ! なあ、これはいいから別の魔導具を貸してくれよ!」

「絶対にダメです! ほら、行ってください!」


 命大事にがモットーの俺に防御用魔導具をいらないとか、絶対にダメだからな!

 そう言って三人を見送ってしばらくすると――遠くの方から爆発音が聞こえた後、黒煙が立ち上った。

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