第285話:勇者と剣聖と鑑定士 26

 メガブルホーン五匹を魔法鞄から取り出していると、物珍しい光景に人が集まってきていた。

 中にはディルクさんに何事なのかと確認する者もいたが、これが食糧として配られることを知ると、全員が諸手を上げて喜んでくれた。

 それだけでも食糧を提供してよかったと思えたが、さらに反乱軍の力を借りられるとなれば、俺としてはありがたいことこの上ない。

 こうなれば、ディルクさんたちが欲しているものを交渉材料に多くのものを引き出せたら、より今後の旅が楽になるかもしれないな。

 そんなことを考えながら屋敷に上がり、俺たちは居間に通された。


「まずは、先ほどの食糧、感謝する」

「いえいえ、まだまだありますからお気になさらず」

「……はぁ。こちらは食糧難だというのに、そちらは余っているというのだから、戦争というものは本当に迷惑なものだな」


 ため息交じりにそう呟くと、ディルクさんはすぐに本題へと入ってくれた。


「前置きは不要だろう。ライドと言ったか、トウリが口にしたこと以外で我らに求めるものはなんだ?」

「正直に申しますと、トウリ様が仰ってくれたこと以外では特にございません」

「……なんだと?」

「強いて言わせてもらえば、反乱軍が政権を奪取したあと、現シュリーデン国へ攻め入るのを止めてもらいたい、くらいでしょうか」


 ライドさんは自主的についていきたいと言ってくれたが、実際は王命を達成できるかどうかを確認するためだと俺は思っている。

 なのでシュリーデン国に不利に働くようなことはしないと思っていたが、利益になることはとことん要求すると思っていた。

 まさか特にないと答えるなんて、正直予想外である。


「むしろ、そなたらの力を見せつけられた後で、戦争を仕掛けようなどとは爪の先ほども考えておらんよ」

「ありがとうございます」

「我らが政権を奪取した暁には、むしろ同盟を結びたいくらいだな」

「そのことは陛下にお伝えしておきます」

「あっ、言っておきますけど俺はアデルリード国側なので、シュリーデン国と同盟を結んでも、俺の魔導具は簡単に手に入りませんからね?」


 ディルクさんが勘違いしてもいけないので、俺は先にそう伝えておいた。

 だって、魔導具目当ての同盟でそれがないとかってなったら、戦争の火種になるかもしれないじゃん? そんなの、俺が嫌だしな。


「安心しろ。それだけのために国同士が同盟を結ぶということはない」

「そうですよ、トウリ様。特に国境に面している国同士であれば、なおさらです」


 おっと、どうやら俺が指摘を受けてしまったようだ。

 まあ、国同士の同盟やら政治やらは全くわからないので、これ以上は口を挟まないでおこう。

 ……いや、交渉事はもう終わったから、俺たちの話になるのかな?


「それではディルク様。マリア軍は現在、どこに駐屯しているかなどは把握されていますか?」


 ライドさんの質問にディルクさんの表情は険しくなり、先生と新の表情は真剣なものに変わった。


「首都にいることは間違いないが、戦力の全体像は把握できていない。何人か斥候を放っているのだが、戻ってきた者が一人もいないのだ」

「一人もって、まさか……」

「十中八九、殺されているのだろうな。こちらからはその手のプロを送っているつもりなのだが、あちら側はその全てを看破して手を打ってきている。正直、やり辛い相手だな」


 ふぅ、と息を吐き出しながら、ディルクさんは天井を見つめる。


「フィリアさんは何か情報を持っていないんですか? 元々はマリア軍だったじゃないですか」


 俺の問い掛けに、ディルクさんの視線もフィリアさんへ向いた。


「確かにそうだな。どうなんだ、フィリア?」

「申し訳ございませんが、私は有益な情報を持っておりません」

「そうなんですか?」

「はい。何しろ、常に前線から前線は移動を繰り返しており、首都の情報は全く入ってこなかったので」

「……裏切ることを想定しての配置だったのかもしれんな」


 うーん、そうなるとマリアや生徒会長たちがどこにいるかもわからない、ということか。

 ……まあ、それならそれでやりようはある。

 なんて便利なんでしょう、鑑定士【神眼】は。

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