第271話:勇者と剣聖と鑑定士 12

 ギースに連れられて向かった先は、誰がなんと言おうと酒場と呼ばれる場所だった。

 ガタイの良い人たちが大勢いて、中には上半身裸になりながら酒を飲んでいる人までいる。

 そんな中に女性陣を連れていってもいいのかと心配になってしまったのだが、先生もイリーナさんも特に気にする様子は見られなかった。


「二人とも、平気なのか?」

「私はグランザウォールで似たような光景を見てきたからね」

「兵士たちも同じです。それに、私もここの常連ですから、このような光景は日常茶飯事ですよ」

「……あ、そうですか」


 うぅぅ、やっぱり先生は俺よりもこの世界を楽しんでいるみたいだなぁ。

 ……まあ、俺にはその楽しみがまだ残っていると考えれば、寂しくなんてないんだからな!


「おーい! 客を連れて来たぞー!」

「んだよ、ギース。……って、イリーナの嬢ちゃんじゃないか。そいつらは誰なんだ?」

「外からの客人ですよ、マスター。明日には出立するみたいだから、オズディスで一番の酒場を案内しようと思いましてね」

「おぉ! そういうことか! いいぜ、空いている席に座んな!」

「空いている席……と、言われましても……」


 店内を見渡した限り、空いている席なんてどこにもない。

 賑わっているのはいいことなのだが、俺たちにとっては満席という事実しか残らないのでどうしたものかと立ち尽くしてしまう。


「ん? あぁ、なるほどな! おーい、こっち空けてもいいかー?」

「んだよ、ギース! 楽しく飲んでいるのによう!」

「いいじゃねぇかよ! こいつ、俺に勝った奴だぜ? 話を聞きたくないか?」

「マジかよ! おい、兄ちゃん! ギースに勝ったって本当かよ!」


 ギースが冒険者仲間だろうか、そいつらに声を掛けると、あっという間に囲まれてしまった。……新が。

 その瞬間から他の席にいた冒険者たちも集まってきてしまい、多くのテーブルが開いてしまう。

 直後、この状況を予想していたのか従業員たちがさっさとジョッキやお皿を片付けてしまい、気づけば綺麗な開いたテーブルの出来上がりとなった。


「……い、いいんだろうか」

「構わねえよ! 何せ、嬢ちゃんの客人だからな!」

「アラタ殿には申し訳ありませんが、こうするのが一番です」


 おぉぅ、すまんな、新。生贄みたいな感じになっちゃって。


「それじゃあオススメの料理をお願いします」

「なんだ、そう言うってことは、経費なのか?」

「えぇ、もちろんです」

「ってことは、高級食材を使っても問題ねぇな?」

「お願いします」


 何やらイリーナさんとマスターが不敵な笑みを浮かべているが……見なかったことにしよう。

 それに、高級食材と聞いて胸躍らない人はいないだろう。

 どんな料理が出てくるのか、楽しみだ。


「それにしても、すごい賑わいですね、ここは」

「えぇ。何せ、オズディス一の酒場ですからね。この街を拠点にしている冒険者は、誰もが通っていると思いますよ」

「……昔からそうだったんですか?」


 俺が気になって声を掛けると、イリーナさんは首を横に振った。


「いいえ、違います。ゴーゼフ王が統治していた頃は、オズディスも厳しい徴税に苦しめられていたんです。私たち兵士もそうですが、冒険者たちは特に荒れていました」

「お先にドリンクをお出ししますねー」

「ありがとう」


 従業員が大人組にビールを、俺を含めた未成年組には果実水を持ってきてくれたのだが――


「ぐびっ、ぐびっ……」

「……あ、あの、イリーナさん?」

「……ぷっはああああっ! あぁぁ~、美味い!」

「では、私もいただきましょうかしら」

「え? せ、先生も?」


 ……あー……あららー……二人して、一気飲み。


「いい飲みっぷりですね、ハルカ殿!」

「そちらこそですよ、イリーナさん!」


 まさか、食事が出てくる前に意気投合してしまうとは……本当に仲良くなってしまいそうだな、この二人は。


「お待ちどうさん! ……ってなんだ、もう飲んでるのか?」

「おぉーっ! やっぱりマスターの料理はどれも美味しそうですね!」

「おつまみにも最適そうなものまで! うふふ、美味しいお酒になりますね」


 ……まあ、美味い飯が食べられるなら、どうでもいいか。

 というわけで、俺はビールを飲みながら段々と出来上がっていく二人の様子を眺めつつ、美味しい料理に舌鼓を打っていくのだった。

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