第272話:勇者と剣聖と鑑定士 13
「――……うぷっ! た、食べ過ぎたぁ」
兵舎へ戻る道すがら、俺はお腹をさすりながらそんなことを呟いた。
「まったく、食べ過ぎなんだよね、桃李君はさー」
「いや、お前も食べてただろうが! その小さい体で!」
森谷は子供の体で俺と同じくらい……なんなら、俺以上に料理を平らげていた。
その体のどこに入っているのかと疑いたくなるのだが、森谷は満足げにニコニコしながら歩いている。
「そして、女性陣二人……」
こちらもこちらでおかしな話になっている。
「久しぶりにこんな楽しい飲みになったわねー」
「私もです! ハルカ殿、ぜひともまたオズディスへお越しください!」
俺が見た限りでは、周りの冒険者たちよりも大量にお酒を飲んでいただろう二人は、素面となんら変わらない足取りで進んでいる。
話し方は少しだけ柔らかくというか、呂律が回らなくなっているように聞こえるが、それでも聞き取れないわけではない。
「……うぅぅ……あたまぎゃ……うぷっ! ……うぅぅ」
隣でフラフラと歩いているライドさんを見ると、女性陣がお酒に強いのは明白だな。
「大丈夫ですか、ライドさん?」
「……しゅみましぇん、アリャタしゃま」
「真広も肩を貸してくれ」
「あ、あぁ、わかった」
ぐでんとしているライドさんを両側から支え、俺と新は歩き出す。
「……その、すまなかったな、新」
「何がだ?」
「酒場でのことだよ。その……なんか、ほったらかしにしちゃったし」
生贄とは言い辛く、俺は違う言葉に替えて口にした。
「いや、俺としては楽しかったから問題はないさ」
「そうなのか?」
「あぁ、ギースや周りの人から、冒険者とはこういうものだ! みたいなのを聞けたからな。本当に、異世界って感じだったよ」
……羨ましいなぁ。
「真広もこっちに来たらよかったじゃないか。どうしてずっと料理を食べていたんだ?」
「あー……まあ、人の多いところは苦手だからな、あははー」
い、言えない。生贄にしたとか、だから近寄れなかったとか、絶対に言えない!
「まあ、お前は昔からそうだったからな」
俺の言葉を疑うことなく信じてくれた新は、視線を雲ひとつない星空へ向けた。
「……日本にいた頃は、こんなきれいな星空は、テレビの中の世界だと思っていたんだがなぁ」
「俺たちの住んでいたところって、まあ都会だったもんなぁ」
俺もつられて上を向くと、勢いでライドさんの首が後ろへ勢いよく傾いてしまった。
「ぐえっ!?」
「おっと!」
「す、すみません、ライドさん!」
「……だ、だいじょうぶでしゅ……ふぁい……」
俺と新は再びよろよろと足を動かし始めたライドさんを見て、ホッと胸を撫で下ろす。
さすがに道の真ん中で嘔吐なんてことになったら、目も当てられない。
そして、それを片付けるのは俺たちってことになるんだからな。
「ねえ、桃李君、新君」
「なんだ、森谷?」
「酔い覚ましの魔法でも掛けてあげようか?」
「「……そんなのがあるなら先に言ってくれ!」」
二人の声が揃うと、森谷は申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「ごめんよー。いや、酔った状態が気持ちいいって人もいるからさ、最初から酔い覚ましの魔法とか言ったら空気を壊すと思ってね」
「大人の事情だろ、それは」
「まあねー。とはいえ、ライド君は二人に迷惑を掛けているみたいだし、構わないかな」
そう口にした森谷が何やら魔法を発動すると、ライドさんのぼんやりとしていた瞳に精気が宿り、急にすくっと一人で立ち上がった。
「……も、もももも、申し訳ございませんでしたああああ!」
そして、大声で謝罪を口にすると、こちらへ最敬礼をしてきた。
「き、気にしないでください、ライドさん!」
「そうですよ。別に迷惑とか思っていませんから!」
「うぅぅ、大失態です。私のせいで道程を遅くしてしまった挙句、この体たらくとは……」
「まあまあ、気にしないでよ、ライド君。次からは僕が酔い覚ましの魔法を掛けてあげるからさ」
「ぜひともよろしくお願いいたします!」
ニコニコ笑いながらそう口にした森谷は、次に前を歩いている女性陣の方へ小走りに駆けていく。
酔い覚ましの魔法について伝えに行ったんだろうけど……あぁ、やっぱり、そりゃそうだよな。
「「必要ありません! この酔った感じがいいんですから!」」
あれこそ、酔った状態が気持ちいい人、なんだろうな。
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