第219話:温泉とおもてなしと騒動と 19

「なりませんぞ、陛下! 宰相も同調するではなく止めないか!」


 ……やっぱりお前か、レジェリコよ!


「魔の森といえば危険が付きまとう代表格! そんなところへ足を運ぶなどあってはなりません! それにここは転移で連れて来られた場所です! 本当に魔の森なのかも定かではない! むしろ、魔の森の中にこのような場所を造れることすらあり得ないのですぞ!」


 おいおい、今度は俺を否定するんじゃなくて温泉街自体を否定するのかよ。

 しかも、それはアリーシャたちをも否定することになる。

 ……俺のことは否定しても、アリーシャたちまで否定されるのはどうにも気が悪いなぁ。


「おい、お前――」

「いい加減にしてくれませんか、レジェリコ・マグワイヤ様」

「な、なんだとうっ!?」


 俺が文句を言う前に、アリーシャにいいところを持っていかれてしまった。


「私たちのことを悪く言うのは構いません。ですが、ここで必死になりオンセンガイを造り上げた民たちの努力を貶されるのは我慢なりません!」

「ほほう? 貴様、私にたてつくと言うのか? マグワイヤ家当主と知っての言葉であるようだが、こちらに出向している愚女を連れ帰ってもよいのだぞ!」

「黙らんか!」


 アリーシャとレジェリコが言い合う中、声を荒げたのは陛下だった。


「陛下もこのように仰っている! さあ、私に謝罪を――」

「お前のことだ! レジェリコ・マグワイヤ!」

「そうだ! 私のことだぞ! ……は? わ、私でございますか、陛下?」


 わかりやすく勘違いしていたレジェリコはポカンとした表情で陛下を見た。


「ここはヤマト家が代々見守り続けてきた土地であり、ヤマト家があったからこそアデルリード国が存続していると言っても過言ではない! それらに対してなんという物言いか! 恥を知れ!」

「……はっ! で、ですが陛下、私は御身を心配して――」

「我が行くと言っているのだ! 問題はなかろう! それよりもアリーシャ・ヤマトへの暴言を謝罪せんか!」

「ぐっ! ……ぐぐぐっ!」


 陛下に言われてなお言いたくないのか、こいつは。どれだけプライドが高いんだよ。


「……構いません、陛下。私はここを陛下・・に認めていただければ、それだけで誉れでございます」

「全く。娘と同じくらいの歳の女性に気を遣われるとは……マグワイヤ家も落ちたものだのう」

「そ、そんなことは! 私は決して――」

「もうよい! 我は魔の森へ施設に向かう! ヴィグルは選抜した騎士と共についてまいれ!」

「はっ!」


 その後、騎士たちだけではなく文官の中からも何人がついていくという者が現れた。


「私は陛下をお守りする魔導師だ! 私も行くぞ!」


 そこにレジェリコまでいるのは、こいつの面の皮の厚さをむしろ尊敬しなければならないと思えてしまったほどだが。

 しかし、これはある意味で好都合である。

 今回の視察で陛下たちの護衛を騎士団長たちにだけ任せるわけではない。こちらの兵士たちにも周りを固めてもらう予定だ。

 そして、その中にはレジェリコが愚女と罵ったレレイナも含まれていた。

 彼女がここで手に入れた力を見せつけてやれば、父親を見返してやれるはずだ。


「陛下! こちらの準備は整いました!」

「うむ! では参ろうか、トウリよ!」

「こちらからも護衛を用意しておりますので、彼らと合流して魔の森へ向かいましょう」

「……ふん! 王都の騎士たちに及ぶはずがなかろう。ここは私がしっかりと陛下をお守りしなければ!」


 ……聞こえているぞ、レジェリコよ。というか、わざと聞こえるように言っているんじゃないだろうか。

 まあ、いいさ。こいつの驚きの顔を見るのが楽しみだ。

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