第218話:温泉とおもてなしと騒動と 18

 それぞれが荷物を部屋に置いてから、案内人と一緒に集合場所へ戻ってきた。

 騎士や兵士たちの中には見張りとして宿屋に残る者もいるので、そちらにはあとで差し入れでも持っていかせるとしよう。

 何もせずにただ待っているというのは、意外と精神的にきついものがあるからな。


「して、トウリよ。まずはどこへ向かうのだ? オンセンというやつかな?」


 どうやら陛下は早く温泉に浸かりたいようだが、まずは温泉街や魔の森の視察を行ってもらおう。

 ひと汗掻いてからの方がきっと温泉も気持ちいはずだからな。


「まずは温泉街の中の視察をしていきます。そのあと、護衛を固めてから魔の森へ。温泉にはひと汗搔いてからの方が気持ちよく入れると思いますので、そのあとで」

「そうなのか? ……ふぅむ、残念だのう」

「おい、貴様!」


 陛下が残念そうにしていると、俺の後ろの方から怒声にも似た声が聞こえてきた。

 何事かと思い振り返ってみると……なるほど、あなたですか。


「なんでしょうか?」

「なんでしょうかではないだろう! 陛下がそのオンセンとやらをご所望なのだから、先にそちらを用意するのが当然であろうが!」

「ですが、私たちとしても最高の状態で陛下に温泉を堪能してもらうために――」

「貴様らの都合など知るか! ささ、陛下! オンセンとやらに参りましょう!」


 ……こいつ、面倒くさいなぁ。

 しかし我慢だ。こいつへやり返すのは俺ではないのだからな。


「何を言うか、マグワイヤ。トウリが最高の状態で堪能させると言っているのだから、その通りにするのが筋であろうが」

「……は?」

「マグワイヤ様。陛下のお言葉に異議を唱えるおつもりですか?」

「そ、そんなはずがないだろう! はは、ははは」


 そう、こいつはレレイナさんの父親であり、マグワイヤ家当主でもある、レジェリコ・マグワイヤ。

 どうやら陛下に反論されると思っていなかったのか驚きの表情を浮かべるだけではなく、ディートリヒ様に異議を唱えるのかと聞かれた時には乾いた笑い声を漏らしていた。

 そそくさと後ろに下がっていったものの、二人から姿が見えない場所まで移動すると俺の方を睨みやがったよ。


「では行こうか、トウリよ」

「ははは……そうですね、向かいましょう」


 陛下も何やら満足そうにそう口にしているが、レジェリコが文句をつけに来るのを予想していたのではないだろうか。だとしたら先に言っておいてほしいものだ。

 そんなことを考えながら温泉街を練り歩き、時折建物の説明を交えながら視察を行っていく。

 結構な大所帯になったものの、概ね問題なく視察を進めることができていると……思っていたのだが、まーたあの人だよ。


「おい! 貴様たち、陛下の横を通り過ぎるとは何事か!」

「あぁん? なんだ、あんたら?」

「いきなりやって来て威張り散らすとか、貴族様なんじゃねぇか?」

「その通りだ! そしてあの方こそ、アデルリード国の――」

「こんなところまでわざわざご苦労なこったなぁ」

「アリーシャ様も大変だぜ。トウリも頑張れよー!」


 俺たちの横を通り過ぎていったのは、すでに顔見知りになっている冒険者たちだった。

 彼らからすると急に現れた大所帯になんだと訝しみながらも、わざわざ壁際に避けてくれていたのだが、レジェリコからするとそれだけではダメだったようだ。

 というか、怒鳴っているのがあんただけっていうことに気づいてもらいたい。

 陛下も視察を満足そうにしていたのに、この瞬間のせいで表情が一気に張り詰めてしまったよ。


「ディートリヒ」

「はっ!」


 そして、陛下が何やらディートリヒ様に耳打ちを始めた。

 しばらくしてディートリヒ様がレジェリコの方へ向かい声を掛けると、彼は大きく目を見開いたあと、陛下の方を向いて何度も頭を下げていた。

 だが、最後の最後で俺を睨みつけることだけは忘れていなかった。

 ……いや、今回のお咎めに俺は全く関係ないだろうよ。

 そう言ってやりたかったが、変に問題を起こすと後々面倒になりそうだったので、仕方なく文句の言葉を飲み込むことにした。


「そ、それじゃあ、今度は魔の森の視察を進めたいと思います。グランザウォールの兵士たちである程度の間引きを行ってはおりますが、世の中に絶対というものはございません。万が一の可能性も考えて、こちらからは希望者のみの視察へ切り替えたいと思います」

「我は行くぞ、トウリよ」

「私も同行いたします、トウリ様」


 俺が説明を終えるのとほぼ同時に陛下とディートリヒ様が同行を申し出てきた。

 さて、他の人たちはどう出るのだろうか。……特に、レジェリコはな。

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