第217話:温泉とおもてなしと騒動と 17
――……おっ、戻ってきたか。
俺たちはもう慣れたものだが、陛下たちはそうではない。
突如として全く見知らぬ場所に移動したのだから困惑は当然であり、俺たちとほとんど交流のない同行者に至っては全く信じられないだろう。
しかし、これは現実であり、今立っている場所は魔の森の中で間違いはない。
「到着しましたね」
「……トウリよ。ここは本当に魔の森の中になるのか?」
「はい、陛下。ディートリヒ様は、念のためにはぐれた人がいないか確認していただけませんか?」
「そうですね、かしこまりました」
シュリーデン国へ戦争を仕掛けてに行ったことのあるディートリヒ様や騎士団長たちは平気そうにしているが、それでも何回も転移を経験したわけではないので、中には戸惑っている者もいるようだ。
そこまで気になるだろうかと思わなくもないが、転移自体が現代では大規模魔法に値するようなものなので、それをこうも簡単にやられては驚愕を通り越して恐怖を覚えているのかもしれない。
「トウリ様、はぐれた者はいないようです」
「ないとは思っていましたが、よかったです。それではご案内いたしますので、ここからは領主のアリーシャにお任せいたします」
「まずは陛下。グランザウォール、並びにオンセンガイへお越しいただき誠に感謝申し上げます」
ここからは形式的な挨拶が続いていった。
アリーシャから陛下へのお礼の挨拶が行われ、陛下も視察という名目で訪れたことに加えて、今後の魔の森の開拓方針についてをこの目で直接確かめたいのだと口にしていく。
続いてディートリヒ様、騎士団長と挨拶が行われると、ようやく移動が開始された。
陛下とディートリヒ様と騎士団長の案内はアリーシャと俺が。
護衛としてやって来ている騎士団の面々はライアンさんとヴィルさんが。
その他の主要な面々に関してはグウェインと先生が案内を行う。
この時点でグウェインはこちらにやってきた人数を確認しており、宿屋をどうするかを頭の中で計算しているだろう。
何かあればこちらに話が来るだろうから、追加のあるなしはその時にでも考えるか。
「それでは陛下、参りましょう」
「あぁ、そうだな。向かうとしよう」
陛下を含めた三人を連れて向かった先は、温泉街の中でも一番豪華でくつろげると自信を持って言える宿屋の一つだ。
西洋式にベッドを用意しているが、部屋の一画には畳間も用意してもらっている。
畳を作るのも大変だったが、温泉街といえば畳だろうと勝手に思い込んでどうにかこうにか作り出した。
さすがにい草そのものを見つけることはできなかったが、それに見合う植物を森谷が見つけていたことがラッキーだった。
……というか、森谷の家に畳間があったんだよな、うん。
だからというわけではなかったが、可能な限り作ってもらい、手の空いている人には作り方を教えてもらって急ピッチで大量に作っておいたのだ。
そして、部屋から見える庭には日本の美しい庭園を再現してみた。
テレビや雑誌でしか見たことがなかったので完璧とは言い難いが、それでもこの世界の基準からすると物珍しい形には仕上がっているはずだ。
「ほほう! これは素晴らしいではないか!」
「本当にその通りですね。こちらの敷物もなんといいますか、落ち着きをもたらす香りですね」
「美しい庭園だなあ! だが……剣はどこで振ればいいのだ?」
うん、脳筋だけは斜め上のコメントをしてくれているじゃないか、おい!
「えっと、剣は魔の森で振ってもらえると助かります」
「おぉっ! それもそうだな! であれば、休憩時間の時にでも魔の森へ足を運んでみるか! がはははは!」
……それ、休憩になるんだろうか。
まあ、脳筋の考えることなど俺にわかるはずもないので気にしないでおこう。
とりあえず陛下には大好評だったので、そこは一安心である。
「でも、おもてなしはまだまだこれだけじゃないですからね?」
「もちろんだとも! 料理じゃろう、料理!」
「それもありますが……まあ、そこは本日就寝する時にわかると思います」
「ん? なんじゃ、女でもあてがうつもりか? 我はこの国の王であるぞ?」
「違いますよ! そんなことしたら不敬罪で処刑ものでしょうよ!」
最悪、陛下がそれに乗り気だったら跡継ぎ問題に発展しかねないぞ!
「冗談である、冗談!」
「……はぁ。マジで止めてくださいよ、陛下」
「しかし、就寝の時というのはどういうことなのですか?」
「うむ! 気になるぞ、少年よ!」
「まあ、そこは夜を待ってください」
俺は最後まで夜のおもてなしについて答えなかったが……自信はあるので、感想は明日のお楽しみにしておこう。
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