第203話:温泉とおもてなしと騒動と 5
俺がほとんど無理やりに真宮と屋嘉さんをアリーシャの部屋に連れて行った。
アリーシャは友達との再会なのだから構わないと言ってくれたが、二人には……特に真宮には順序というものをしっかりと教えていかなければならない。何せ――
「挨拶は終わったぞ! さあ、桃李! 調理器具のところへ、いざ行かん!」
「うるさい! お前はどうして調理器具ばっかり口にするんだよ!」
「……えっ? 普通だろ?」
「違うからな!」
俺と真宮のやり取りを見て、最初こそ呆気に取られていたアリーシャだったが、最終的には微笑ましいものを見るような顔に変わっていた。
……いや、別に真宮と仲良しってわけじゃないからな? こいつの目的は調理器具だけだからな?
「行ってきていいですよ、トウリさん」
「ほら! 領主様もそう言ってるじゃないか!」
「このっ! ……はぁ。わかった、わかったよ!」
「やったー! それじゃあ領主様、今日のお昼は楽しみにしていてね!」
「おい、敬語!」
「よ、よろしくお願いしますね、マミヤさん!」
……あー、そうだった。アリーシャは上級職の料理職である真宮の料理を楽しみにしているんだった。
もしかすると、マジで挨拶はいらなかったかもしれないぞ。
「あっ! で、でしたら、私はデザートをご用意いたします、領主様!」
「本当ですか! ありがとうございます、ヤカさん!」
屋嘉さんは許そう、ちゃんとアリーシャのためを考えての発言だしな。
「なあ、桃李? 俺とすみれとの対応が違くないか?」
「ん? そりゃそうだろう」
「おぉー、隠さないんだな!」
「お前の態度が酷過ぎるからな!」
「そうか? まあいいや! 早く行こうぜ!」
というわけで、俺たちはウキウキなアリーシャを残して厨房へ向かうことになった。
厨房に到着した瞬間から真宮のテンションが爆上がりしてしまった。
「うおおぉぉぉぉっ! すっげええぇぇぇぇっ! コンロも火加減調整できるし、電子レンジにミキサーまであるじゃないか!」
「すごいよ、真宮君! 私、こっちに来てよかったよ!」
「俺もそうだよ! よーし、これなら腕によりをかけた全力の料理が作れるぜ!」
腕まくりを始めた真宮と屋嘉さん。
真宮のリアクションは予想できたが、まさか屋嘉さんまで同じような反応をするとは思わなかった。
料理好きな分、こちらの調理器具には不満があったのかもしれないな。
「私に手伝えることがあったら言ってちょうだいね」
「先生も手伝ってくれるのか!」
「い、いいんですか、先生?」
「簡単なことなら手伝えると思うわ」
「よっしゃー! やるぜ、全力料理!」
全力料理とは何ぞや?
そんなツッコミは飲み込んでおき、俺たちは三人を残して食堂をあとにする。
歩きながらどんな料理が出来上がるのかと盛り上がっている円たちを見ていると、俺だけが変にむきになっていたんじゃないかと思えてならない。
……いいや、これは断じて違うぞ? おかしいのは俺ではなく、アリーシャであり円たちのはずだ。
「……はぁ。なんというか、疲れたなぁ」
そんな呟きは誰の耳にも届かず、俺は後方から聞こえてくる弾んだ三人の声に耳を傾けていた。
「……まあ、楽しそうだからいいか」
そして、これくらいの面倒なら許容範囲だと自分に言い聞かせて、昼ご飯を楽しめるよう気持ちを切り替えるのだった。
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