第四章:温泉とおもてなしと騒動と

第198話:プロローグ

 ――かぽーん。


「……あぁー、いい湯だなぁー」

「ピーキャー」


 俺は温泉に浸かりながら小さく息を吐き出した。

 隣にはサニーもいて、気持ちよさそうに目を細めている。


「体も温まったし、そろそろ出るか」

「ピキャー!」


 サニーに声を掛けて温泉を出た俺は、森谷のおかげでここの特産になっているコーヒーを購入して一気に飲み干す。


「……ぷはーっ! うん、美味い!」


 大きく伸びをしながら銭湯をあとにすると、サニーと一緒に温泉街を散策する。

 源泉を色々なところに引いたことで銭湯が乱立しているが、どこも人が押し寄せており旅館として機能している建物も大繁盛だ。

 まあ、同じ源泉なので効能はどこも変わらないのだが、そこはサービスで客を取り合ってもらっている。

 俺のお気に入りは『故郷の湯』という銭湯なのだが、ここは先ほど飲んだコーヒーのように、地球の味を再現したものが数多く取り揃えられている。

 というのも、ここの経営者が森谷だからっていうのもあるんだけどな。


「結局のところ、一番楽しんでるのが森谷なんだよなぁ」


 最初こそ管理は大変だと言っていた森谷だが、開拓を始めてしばらくすると楽しくなったのか、自分好みに造ろうとやる気を出し始めた。

 特に自分で育てた作物をこちらに移してきた時には笑ってしまったが、それが特産になっているのだから文句は言うまい。

 むしろ、俺が一番堪能させてもらっているのでありがたいとすら思っている。

 今では森谷に師事してこちらの人間が新しい作物を育てようとする動きまで出てきており、驚きの広がり方を見せていた。


「あっ! 桃李くーん!」


 のんびり歩いていると、道の先から手を振りながら近づいてくる人物を見つけた。


「どうしたんだ、円?」

「もう! 今日は魔獣狩りの日だって言ったでしょう?」

「それは知っているけど、もう終わったのか? 早いなぁ」


 特級職で賢者の円が少し頬を膨らませながらそう言ってきた。

 しかし、驚くのは当然だろう。だってまだお昼を回ったばかりだし、兵士たちが魔獣狩りを始めたら夕方近くまで掛かるだからな。


「グレゴリもいるし、今日はレレイナさんも手伝ってくれたからね」

「レレイナさんが? ……なんだ、レベル上げでもしたかったのか?」

「そうみたい。マグワイヤ家を見返すんだって張り切ってたよ?」


 実家を見返すって、すでに見返している気もするんだがなぁ。

 そういえば、ディートリヒ様がマグワイヤ家がレレイナさんを派遣した理由について調べるとか言っていたけど、どうなっているんだろうか。

 こっちに招待した時にでも聞いてみるかな。


「それじゃあ私は行くね!」

「円も温泉に入って来たらいいよ。昼間から入るのも気持ち良いぞ」

「……桃李君、働かないで温泉に入ってたの?」

「いや、俺は毎日働いているけど?」


 たまには休ませて欲しいと言わせてもらうぞ、うん。


「冗談だよ! それじゃあね!」


 そう言いながら、円も故郷の湯がある方向へ歩いていってしまった。

 ……あれは絶対、温泉に入りに行ったな。

 それにしても、レレイナさんは大丈夫だろうか。

 陛下からも褒められているし、実家を見返す必要はマジでないと思っている。

 というか、ここで実家が何かを言ってきたなら、俺は全力でレレイナさんを守るからな。

 何せ、彼女は温泉街の管理をするにあたって森谷と同じくらい大事な立場にいるんだから。


「うーん、何か事情でもあるのかな? ……あとで聞いてみるか」


 俺の鑑定スキルを使えば一発でわかるのだが、さすがに相手のプライベートを勝手に見てしまうのは気が引けてしまう。

 鑑定しなければいけないような危ない状況ならいざ知らず、ただの興味本位では大問題だ。


「準備が整い次第、陛下とディートリヒ様を呼ばないとな」


 俺はそんなことを呟きながら、どうやっておもてなししようかと考えていたのだった。

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