第186話:予定外のサバイバル生活 53

 何が起きたのか理解できなかったものの、鼻を突く匂いに俺はこの水がいったい何なのかを理解した。


「あつっ! ……これ、もしかして――温泉か?」


 ポイズンドラゴンの毒を吹き飛ばすほどの水量で今も噴き出し続けている温泉。

 俺だけではなく円やユリアも気づいたようで、なんだかとても楽しそうだ。


「ユ、ユリアちゃん! 温泉だよ、温泉!」

「うわー! これ、どんな効能があるのかな? 気になるよね!」


 ふむふむ、効能とな。


「鑑定、温泉」


 ……ほほう。

 疲労回復、肩こりに筋肉痛、切り傷や火傷にも効果があるのか。他にも色々と効能があるようで、これは良い掘り出し物を見つけてしまったようだ。

 とはいえ、温泉を運ぶ事は難しい。……いや、魔法鞄を使えば可能だけど、一度出してしまえば徐々に冷めてしまうし、温泉の楽しみが減ってしまう。

 ここに拠点を置ければ一番最高なんだけど……。


「いや、さすがに難しいよな――」

「いやー! さすがは桃李君だねー!」


 雷雨地帯もあるし難しいと思っていた直後、後ろの方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 今回の騒動を引き起こした本人であろうその声に振り返ると、カタカタと音を鳴らしながらそいつはこちらに手を振っていた。


「森谷!」

「大樹さん!」

「うわっ! 本当にスケルトンなんだー」

「あははー。みんな、元気そうだねー!」


 きっと笑っているんだろうけど、こちらとしては死にかけたわけで、笑って許してやるつもりは毛頭ない。

 文句を言ってやろうと大股で近づいていったのだが、俺よりも先に森谷へ飛びついた奴らがいた。


「ピキャー!」

「ガウガウッ!」

「……!」

「あははー。そっちも元気だったみたいだねー!」


 サニー、ハク、グレゴリが元の主人である森谷に飛びついて甘えていたのだ。

 とても嬉しそうなみんなの姿に、俺は怒鳴ろうとしていた気持ちが霧散してしまい、ただ小さく息を吐き出すに止めた。


「……桃李君。それに円ちゃんも、よく頑張ったね」

「あ、ありがとうございます!」

「あっ! ヤバい、新がまだ!」

「こっちも終わったぞ、真広」


 俺が声をあげるのとほぼ同時に、新がライアンさんたちと一緒になって姿を見せた。

 衣服が破けており、所々に傷を負っていたが、新の表情はどこか充実しているように見える。

 きっと、一人でデュラハンを倒せたのだろうと俺は理解した。


「すごいな、新」

「真広の指示だからな。絶対にやってやろうと思っただけさ」


 そう言いながら新が右拳を前に突き出してきたので、俺はニヤリと笑って拳をぶつける。

 その光景に円とユリアがニヤニヤしていたが、別に変な事でもないし無視でいいだろう。


「そちらがタイキ・モリヤ様でよろしいですかな?」

「そうだよー」

「私はグランザウォールの兵士長をしております、ライアン・スノウと申します」

「そっかー。よろしくねー」


 スケルトンのせいで表情は見えない。ライアンさんは森谷の声の抑揚だけで本音なのかどうかを判断する事になるだろう。

 俺的にはニコリと笑って本音を言っていると見ているが、果たして……。


「それにしても、本当にスケルトンなのですなぁ。トウリ様から聞いておりましたが、実際に見てもいやはや、驚きです」

「そうかい? まあ、こんな人間が普通にいたら危ない世界だもんねー!」


 ……あ、あれ? なんだろう、普通に話をしているみたいだけど、怖くないのか? だって、悪魔キャラだよ?


「……ん? どうしたのですかな、トウリ様?」

「あの、ライアンさんって、森谷の事が怖くないんですか?」

「怖い? ……あぁ、なるほどですね」

「何々、どうしたの?」


 そこで俺は森谷の事がどのように伝わっているのかを陛下にも確認を取り、そしてアデルリード国全体でタイキ・モリヤが悪魔だというイメージが根付いている事を伝えた。


「私も当初は不安が大きかったです。ですが、トウリ様が信用しており、なおかつ陛下たちが許可を出したのでしょう? であれば、私が感じていた小さな不安など吹き飛ぶというものですよ!」


 そう言ったライアンさんは、大きな声で笑った。

 そして、彼と同じようにヴィルさんやリコットさんも笑っている。

 どうやら、俺の取り越し苦労だったようだ。


「……えっと……ん? これは、よかったのかなー?」


 状況の理解ができていない森谷だけが、カタカタと音を鳴らしながら首を傾げていたのだった。

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