第141話:予定外のサバイバル生活 12

 しかも、話を聞くと俺には理解できない感覚を持っているようだ。


「僕は比較的、痛みに強いタイプだからね。しばらくは腐敗が続く中で生活を続けていたんだ。その時に畑や果樹を育てたんだ」

「痛みに強いって……ドM?」

「違うよ! しかもいきなりドなの! ドMなの!?」

「いや、そう勘違いされても仕方がない言い方だろう」


 実際に俺は勘違いしたんだから。……まあ、勘違いかどうかは定かではないがな。


「……桃李君、信じてないだろう?」

「……さあ?」


 事実をはぐらかしつつ、俺は話を進めるよう促した。


「全く。……それで、腐敗が進んできた時に味覚がなくなってしまった。それからかな、僕の中にあった禁忌魔法への興味が再熱したのは」


 それまでは残りの人生を自由に生きてしまおうと考えていたが、味覚まで失った時点で楽しみの一つが奪われてしまったと感じたらしい。

 そのせいもあり、過去に研究を続けていた禁忌魔法の事が頭の中に蘇り、どうせ失う命ならばと自らに発動したのだとか。


「その禁忌魔法が、不死になる魔法だったのか?」

「そういう事だよ。そして、この姿になったんだ」

「という事は、代償は肉体の全てって事か?」

「ほぼ正解。骨以外って感じかな」


 そう口にした森谷は手を広げて視線を落とした。

 いつかは訪れる死への恐怖はなくなった。しかし、味覚だけではなく、森谷は視覚以外の感覚を全て失ったと言えるだろう。


「……森谷にとって、今の楽しみはいったい何なんだ?」

「今の楽しみかぁ……魔獣の観察かな? あ、その事で君たちに謝らないといけなかったんだ」

「ん? 何かあったのか?」


 突然の言葉に俺は首を傾げてしまう。

 出会ってからここまで、森谷に何か謝られるような事はされていない。むしろ、ずっと警戒していた俺が謝らなければならないところだ。


「実は……君たちが転移した魔法陣、あれは僕が昔に設置したものだったんだ」

「そうだったのか?」

「うん。さっき、魔獣の観察が楽しみだって言っていただろう? あの転移魔法陣は、魔獣をこっちに転移させるものだったんだ。あの辺りの魔獣も結構強いし、まさか人間が転移させられるとは思わなかった。……すぐに言い出せなくて、申し訳ない」


 姿勢を正した森谷は俺に対して頭を下げた。

 だが、俺としては今回の事は単なる事故だと思っている。だから、森谷が頭を下げる必要はない。


「別に気にしないでくれ。本意ではなかったんだろ?」

「もちろんだ。神に誓ってもいい」

「ならいいさ。それに、俺たちとしては森谷と出会えたんだから、そこまで悪い結果にはなっていないさ」


 俺がそう口にすると、腰を曲げたままだったが顔を上げて首をコテンと横に倒した。


「……そうかい?」

「あぁ。俺たちの知らない情報を得る事ができたし、円のレベル上げにも手を貸してくれるんだろう?」

「もちろんだよ! なんなら、桃李君や新君のレベル上げも手伝えるしね!」

「そうなのか?」

「任せてくれよ!」


 先ほどまでは暗い雰囲気を漂わせていた森谷だが、レベル上げの話になるとカタカタと骨を鳴らしながら明るく話し始めた。

 本当に、誰かと話をするのが楽しいんだろうな。


「――おーい! 桃李くーん!」


 だいぶ話し込んでいたようで、俺たちを探しに来たのか家の方から円と新が歩いてきた。


「折り鶴ならとっくに出来上がっているぞ?」

「あぁ、すまん。ちょっと森谷と話し込んでいた」

「うわー! ここがコーヒー豆の畑なんですね!」

「すごいだろう? 食べ物に困る事はないから、みんなでレベル上げをしてから戻ったらいいよ」


 森谷の雰囲気がさらに楽しそうなものに変わった。

 ずっと一人だったんだから、仕方がないのかもしれない。

 ……あれ? でも、どうしてずっとここにいたんだろう。一人が寂しいなら、スケルトンの見た目があるとはしても、ここを出ていく事もできたんじゃないのか?


「なあ、森谷。お前はどうして――」

「大樹さん、これはどうやって飛ばしたらいいんですか?」

「早いところ、アリーシャさんたちに連絡をしておかないと」

「あぁ、そうだったね。これはねぇ――」


 ……まあ、後からでも確認はできるか。

 もし、俺たちがここを離れる時が来たとしたら、森谷を連れていけたらいいとも思う。そうすれば、一人でいるなんて事はなくなるからな。


「魔力を注げばいいんだね?」

「そうだよ。その時に、届いて欲しい相手の事を思い浮かべれば問題なーし!」

「八千代、頼めるか?」

「分かった!」


 円が手のひらに折り鶴を乗せて魔力を注ぎこんでいく。

 すると、折り鶴は翼をゆっくりと羽ばたかせて、ふわりと宙に浮かんだ。

 そのまま頭上へと浮かんでいき、周囲の木々よりも高い位置まで移動すると、グランザウォールの方角へ一直線に飛んでいった。


「よーし、これで君たちの無事は伝えられるよ!」

「途中で魔獣に撃ち落されたりはしないのか?」

「この辺りの魔獣に撃ち落される事は絶対にない! 僕が作った魔導具だからね!」


 森谷が言うなら間違いないだろう。これで俺たちの無事は伝わるはずだ。

 これからはレベル上げに集中する事ができる。

 次にアリーシャたちを顔を合わせる時には、俺も一人で魔獣と戦えるようになっているはずだ!


 ……それよりも、魔導具か。後で詳しい話を聞いてみたいものだな、うん。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る