第142話:グランザウォール 2
――桃李たちが転移してから、三日が経過した。
アリーシャたちは屋敷には戻らず宿場町で状況の把握と開拓地の維持を行っている。
「維持の状況はどうですか、ライアンさん?」
「怪我人が増えてきていますが、今のところは問題ありません。ミレイも本来の動きを取り戻していますし、ゴラッゾも気を遣ってか出て来てくれています」
「そうですか。ヴィルさん、ポーションの在庫はどうですか?」
「今の状況を鑑みるに、三日間は問題ないと思いますが、それ以降は多少の怪我では使えなくなる可能性が見込まれます」
ライアン、ヴィルからの報告を受けてアリーシャは表情を曇らせる。
一時的に能力を上げる果物について知っている人物を総動員したとしても、開拓地の維持はギリギリと言っていいだろう。
前線に立つ兵士や冒険者全員に配る事ができれば戦力的な問題はないのだが、情報漏洩につながってしまうのでそれはできない。
命に代える事はできないので、当初の予定通りに拠点とする場所を後退させる必要性も考え始めていた。
「ア、アリーシャ様!」
そんな時、会議を行っていた部屋にレレイナが飛び込んでくる。
その表情は焦りを帯びており、それだけでイレギュラーな事態が起きたのだと察することができた。
「何があったのですか?」
「ま、魔の森の方向から、謎の物体が飛来してきます!」
「なんですって!?」
「魔法で撃ち落そうとしたのですが、びくともしないのです!」
レレイナは中級職の
今も果物を食べて魔力を倍にしているのだが、その魔法を使っても撃ち落せない何かとなれば驚くのも無理はない。
「す、すぐに向かいます! ライアンさん、ヴィルさん!」
「「はっ!」」
「こちらです! ユリアさんはすでに外で待機しています!」
宿屋を飛び出したアリーシャたちはレレイナの案内でユリアが待つ場所へ向かう。
すでに果物を食べて臨戦態勢を整えていたユリアだったが、その表情は何故か苦笑を浮かべていた。
「連れてきました、ユリアさん!」
「……」
「……あの、ユリアさん?」
声を掛けても返事がないユリアを心配して、レレイナがもう一度声を掛ける。
「あ、ごめんね、レレイナさん。あー……実は、呼んでもらってなんだけど、あれは大丈夫だと思うわ」
「え?」
「というか、たぶん桃李たちからかもしれない」
「「「「……ええぇぇぇぇっ!?」」」」
まさかの発言にアリーシャたちが大声をあげた。
そんな中、飛来してくる何かはゆっくりと近づいてきており、その高度を徐々にではあるが下げている。
「……ははは、まさかこんなところで折り鶴を見る事になるなんてなぁ」
折り鶴は目的の場所であるアリーシャの前まで飛んでくる。彼女がゆっくりと両手を前に出すと、その手のひらの上に着地した。
「……これは、何なのでしょうか、ユリアさん?」
「うーん、折り鶴ね」
「……オリヅル?」
「紙を折って鶴……私たちの世界にいる鳥の形を作ったものよ。でも、どうして折り鶴勝手に飛んできた……って、解けてる?」
手のひらに載っている折り鶴がひとりでに折り目を解いていき、一枚の紙に戻ってしまう。
そして、開かれた紙に書かれた文字に気づいて内容を確かめていく。
それが桃李たちからの無事を知らせるものであると分かると、アリーシャの瞳からは自然と涙が溢れ出していた。
「ちょっと、どうしたのよ、アリーシャさん!」
「ご、ごめんなさい、ユリアさん。……どうやら、トウリさんたちは無事のようです」
「本当ですか、アリーシャ様!」
「さすがはトウリ様ですね!」
「は、はああぁぁぁぁ……本当によかったです」
ライアン、ヴィル、レレイナと声をあげて喜んでいる中、ユリアはアリーシャの横に立って手紙の内容を自分の目で確認していく。
その中に聞いた事のない人物の名前があり、ユリアは首を傾げていた。
「……森谷って、誰?」
「……さあ? というか、魔の森で暮らしている人なんているんでしょうか?」
顔を見合わせた二人は思案顔を浮かべてみたものの、分からない事は仕方がないと考えない事にした。
ここで一番大事なのは、桃李たちが無事だったという事だ。
「……無理して魔の森に入らなくてよかったですね、ユリアさん」
「……それは言わないでよね、アリーシャさん」
勢い余って飛び出そうとした時の事を思い出したのか、ユリアは顔を両手で覆ってしまった。
そんな姿に微笑みを浮かべつつ、アリーシャは気合いを入れ直す。
「できるだけ拠点を防衛して行きましょう。無理なら仕方ありませんが、最後の最後まで足掻いてみましょう」
「そうね。桃李たちが戻ってきた時に前線が下がっていたら、文句を言われるかもしれないしね」
心配と焦りから普段の動きができていなかったユリアだが、これで懸念事項が一気に解消された。
アリーシャも不安に押しつぶされそうになっていたが、気持ちを切り替えて今後は対処する事ができるだろう。
二人だけではない、桃李たちを心配していた誰もが士気を向上させていた。
「やりましょう!」
「「「「はい!」」」」
こうして、アリーシャたちの本当の戦いが始まったのだった。
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