第72話:王城 5
上級職の春香を追放した。
そして、特級職の円とユリアを追放した。
それでもシュリーデン国には特級職が二人、上級職が一〇人、中級職が一五人も残っている。
特に特級職である光也は勇者、新は剣聖と、戦闘に特化した職業という事で王族の三人は先に追放した三人が惜しいとも思ってはいなかった。
だが、焦れているのも事実ではある。
その理由の一つとして、神の名を冠した力が残っている二人の特級職に発現しないからだ。
「くっ! すでに南部のロードグル国に宣戦布告をしているのだぞ!」
「落ち着いてください、あなた。今ある戦力でも、ロードグル国如きなら打倒する事はできますよ」
興奮する国王ゴーゼフを宥めているのは、王妃のアマンダである。
その様子を冷めた様子で見つめているのは王女のマリアだ。
「お父様もお母様も落ち着いてください。ロードグル国は現在、戦力を集めているところでしょう。ならば、今しばらくの時間は稼ぐことができるはず」
「だが! 戦力が集まればこちらにも被害が!」
「戦争ですよ? 被害が出ない方がおかしいのではないですか?」
「ぐっ! ……それは、そうだが」
「マリア。国王である父にその言いようはなんですか? この人は、民の命を憂いているのですよ?」
「……そうですね。出過ぎた言葉を申しました」
少しばかり苛立ちを見せたアマンダに対して、マリアは申し訳なさそうな表情を表面に浮かべながら頭を下げる。
もちろん、内心で二人に対しての憎悪をひた隠しながらだ。
(このままではロードグル国へ主力が出兵している間に東と北の国が攻めてくるかもしれない。そうなれば、私の命もそれまででしょう。……その前に、逃げてしまおうかしら?)
それができるのかどうか――マリアには可能であった。
彼女が持っているスキルの魔眼は、多くの召還者たちを操っている。
そして、転移魔法を操っているのも彼女であった。
「……もし出兵となれば、私に指揮を任せていただけませんか?」
「マリア!」
「あなた、何を言っているのですか!」
突然のマリアからの提案にゴーゼフもアマンダも驚きの声をあげる。
だが、マリアは真剣な表情のまま言葉を続けていく。
「一国を滅ぼそうというのです。軍を率いるのが王族でなくてどうするのですか?」
「だが、マリアは我らの唯一の子供じゃ。お主を失うかもと考えると……」
「そ、そうよ、マリア。確かに王族が率いるという事実は大事ですが、今回は必要ありません!」
「では、どうするのですか? 私は王族としての務めを果たしたいと考えておりますが?」
二人が心配しているのはマリアなのか、それとも別の何かなのか。
その何かに気づいているマリアはため息をつきたくなるものの、グッと堪えて真っすぐに見据えながらなおも口を開く。
「魔眼で操っている者は、一ヶ月は私がいなくても命令に従ってくれます。特級職の方には主力に加わってもらう必要がありますが、上級職であれば残していけるで――」
「ま、待て! ……勇者と剣聖も連れて行くつもりなのか?」
「……当然でしょう? 二人の特級職、その実力を知らしめる必要もあるのですから」
「でも、そうなると王都の守備が……」
「ですから、上級職を残しておけると言っているのですが?」
そう、この二人が心配しているのはマリアの心配ではなく、自分たちの命なのだ。
マリアがいなければ緊急避難できる転移魔法が使えない。さらに特級職の二人も王都から離れるとなれば、他国から侵攻された時の守りに不安があり、命の危険があるのではと考えた。
「ご安心ください。コウヤ様とアラタ様の力があれば、戦もそれほど時間は掛からないでしょう。それに、王都はシュリーデン国の中枢に位置しています。攻め込まれたとしても、そう易々とここまではやってこれませんわ」
笑顔を保ちながら説得を試みていくマリアだったが、それでも二人は答えを渋っている。
「返答はすぐでなくても構いません。ですが、出兵は早い方が良いと思います。先ほどお父様が仰った通り、時間を掛ければ掛ける程、ロードグル国は戦力を集めるでしょうから」
そこまで口にすると、マリアは頭を下げてから部屋を後にした。
(この期に及んで自分たちの心配とは、情けない。シュリーデン国も、終わりかもしれないわね)
だが、マリアはそれでも構わないと思っていた。
(シュリーデン国が滅亡したとしても、コウヤ様とアラタ様がいれば、特級職の二人がいればやり直せる。私は、私の国を興してみせる!)
ゴーゼフとアマンダとは違う未来に目を向けながら、マリアは自分のために動き始めるのだった。
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