第21話:本当によくある勇者召喚 18

 今日の俺は目覚めばっちり、そして気力にも満ち溢れている。何故かと言えばもちろん、レベル上げをすることができるからだ!

 異世界に来ていきなり転移させられ、しばらくは魔獣から逃げる日々が続いたからなぁ……でも、そんな生活とも今日でおさらば、レベルを上げれば俺だって戦えるようになるんだからな!


「……よし、これで準備はばっちりだ!」


 グウェインが見繕ってくれた軽鎧を身に付けると、片手剣を腰に下げて左腕にバックラーを取り付ける。

 鏡で見てみると、こんな姿に俺自身がなるなんてと不思議な感覚に襲われてしまう。


「……でも、これは現実なんだよな」


 改めて思うところはそこである。

 勇者召喚に追放イベント、そこからの魔の森での生活……は正直いらなかったけど、ここまで来たら忘れてしまってもいいくらいだ。


「――トウリー、準備はできたかーい?」

「今行くよー!」


 廊下からグウェインが呼ぶ声がしたので最後にもう一度だけ自分の姿を確認した俺は、ドアを開けて廊下に出る。

 すると、そこにはアリーシャもいて俺の姿を見ると微笑んでくれた。


「とってもお似合いですね、トウリさん!」

「ありがとうございます、アリーシャ」

「それじゃあエントランスに行こうか。リコットとは門の前で待ち合わせしているんだ」


 ドキドキの魔獣討伐が、今から始まるんだ。……ヤバい、めっちゃ楽しみだ!


 ※※※※


 ――前言撤回! 楽しみとか言ってごめんなさい! もうそんなこと言いませんから!


『フゴオオオオオオオオッ!』

「ほらっ! 弱らせてあげたんだからさっさと倒しなさいよ!」

「そ、そんなこと言われても、めっちゃ凶暴なんですけど!」


 そう、魔獣はとっても怖かったのです。魔の森の外でも、本当に怖いんですよ。

 それもこれも、リコットさんの指導方針によるものなんですけどね。


「甘やかさないって言ったじゃないのよ!」

「そうですけど、俺はレベル1の鑑定士なんですって何度も言いましたよね!」

「私が手を加え過ぎると経験値がいかないんだから仕方ないじゃないのよ!」

『フゴオオッ! フゴオオオオオオオオッ!』


 真っ赤な髪の毛を耳たぶくらいで切り揃えているボーイッシュな女性兵士、この人がリコット・アーティストさんだ。

 門で挨拶をした時は快活な笑みを浮かべて人当たりも良さそうだったのだが、いざ魔獣と相対した瞬間から表情が一変したんだよね。

 視線が鋭くなり、剣を構える姿は格好いいんだけど、言葉使いまで荒々しく変わっちゃったもんだから怯えっちゃったんだよ……俺が。

 そして、俺の目の前では足を切られて身動きが取れなくなっている猪に似た魔獣――鑑定ではブルファングと出ているが、そいつが口元から突き出ている牙を振り回している。

 近づいて攻撃したいんだが、動けないなりに体を捻りながら向きを変えてくるので、なかなか近づけないでいる。


「……もう、仕方ないわね! 経験値が入らなくても知らないんだからね!」


 尻込みしている俺に業を煮やしたのか、リコットさんは目にも止まらぬ速さで駆け出すと、手にしている直剣をすれ違いざまに振り抜いてブルファングの牙を切り落としてしまった。

 足を切られ、さらには牙をも失ったことで戦意を喪失したのか、ブルファングは姿を見せてから始めて大人しくなったように見える。


「……い、いいのか?」

「さっさと殺しなさい!」

「ひいっ! わ、分かったよ! やればいいんだろ、やれば!」


 ゴクリと唾を飲み込みながらゆっくりと近づいていく。

 ブルファングは牙を失って大人しくなっているが、その瞳は俺をじーっと見ている。……隙あらば噛み付こうって魂胆じゃねえだろうなぁ。


「さっさとする!」

「はいっ!」


 鬼教官になったリコットさんに逆らうことなんてできないので、俺は覚悟を決めて一歩ずつ近づいていくと、ブルファングの首めがけて片手剣を振り下ろした。


 ――ブヨンッ!


「……へっ?」

「……はっ?」

『……フゴッ?』


 俺もリコットさんも、ブルファングですら素っ頓狂な声をあげて驚いている。

 ……えっと、俺の片手剣、ブルファングの皮膚に跳ね返されました。


『……フゴオオオオオオオオッ!』

「ひやああああっ!」

「はあっ!」


 ブルファングが俺に噛み付こうと体を捻った直後、リコットさんの直剣が閃きブルファングの首を落としていた。

 目の前に立っていた俺はその光景を見てリコットさんに憧れを抱く――なんてことはなく、むしろ溢れ出した血しぶきを浴びてしまいげんなりしてしまう。


「……な、なんで倒せないのよ!」

「……レベル1なんで、すみません」

「だからって跳ね返されるなんて……跳ね、返される……ぷぷっ!」

「ひ、酷いなあ! 笑うことないでしょうよ!」

「あははっ! だって、初めて見たんだもの! マヒロだっけ、あんた、本当にレベル1なんだね!」


 ……いや、最初から言ってましたよね、信じてなかったんですか!

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