第11話:本当によくある勇者召喚 9

 目を覚ました俺は、久しぶりに体の疲れが抜けたように感じた。

 昨日はあれだけの全力疾走をしたにもかかわらず、筋肉痛の一つもしていないのは驚きである。

 テーブルに置かれているベルを鳴らすと、ほどなくしてアリーシャさんがやって来てくれた。


「おはようございます、マヒロさん」

「おはようございます、アリーシャさん」


 挨拶を交わすと、俺はアリーシャさんの案内でリビングに通された。

 そこにはすでにグウェインもいて、俺の姿を見ると手を振ってくれたので振り返す。


「どうやら、仲良くなれたみたいですね」

「ふふふ、すでにグウェインと桃李で呼び合う仲ですよ」

「そうですね、トウリ」


 俺がそう言うと、何故かアリーシャさんの歩くスピードが速くなりさっさと席に着いてしまった。

 何か気に障ることでもしただろうかと思いながらも、俺は食器が置かれているアリーシャさんの隣に座る。


「そういえば、ご両親はいないんですか? 二人にはお世話になってるんだからご挨拶をしたいんだけど」


 食事の前にそう口にすると、二人を顔を見合わせて困ったように口を開いた。


「実は、私たちの両親は五年前に亡くなっているんです」

「魔の森から魔獣が襲来したことがあって、その時にね」

「そうだったんだ……その、すみません」


 嫌なことを思い出させてしまったと思い謝ると、二人とも首を横に振った後に笑みを見せてくれた。


「マヒロさんが謝ることじゃありません。事実ですし、グランザウォールを守り抜いた両親を、私たちは誇らしく思っていますから」

「その通りです。だからこそ、祖先と同郷のトウリのことを放っておくこともできなかったんだ」

「……そっか。二人とも、改めてになるけど、本当にありがとう」


 少しばかり辛気臭くなってしまったが、俺は朝ご飯を堪能させてもらった。

 料理はアリーシャさんが作っているようで、美味しいと言ったらとても喜んでいた。


「大きな屋敷ですが、使用人の方とかはいないんですか?」

「両親が生前の頃はいたのですが、亡くなるとすぐに出て行ってしまったんです」

「えっ! それって恩を仇で返すみたいなものじゃないの?」

「まあ、ここは防衛都市ですからね。常に魔獣の危険に晒されているようなものですし、私たちのような未熟者が都市を治めるとなれば、出て行きたくもなりますよ」

「いや、僕もそこはトウリと同意見だな。僕たちが未熟であることは否定しないけど、できれば一緒にグランザウォールを支えて欲しかったよ」


 諦めているようなアリーシャさんと、悔しそうにしているグウェイン。二人の表情を見ているとすでにいっぱいいっぱいなんじゃないかと思えてならない。

 しかし、僕では力になれることがないのも事実。

 防衛都市というからには魔獣が領地に入るのを防いでいるのだろう。魔の森を警戒する役割がグランザウォールにはあるはずだ。

 となれば、鑑定士の俺では役不足。そもそも戦えないのだから。


「……俺に力があればなぁ」


 ぼそりとそんなことを呟くと、グウェインが思い出したかのように口を開いた。


「そうだ! トウリの鑑定は視覚していなくてもできるんだったよね」

「そうだな。抽象的なものでも、それが何処にあるのかまで教えてもらえるぞ」

「試しにやってみる?」

「……どういうこと?」


 話を聞くと、どうやらグウェインはリビングに来る前にとある物を屋敷の中に隠したのだとか。それを見つけることができれば、その使い方を色々と考えることもできるのではないかと言ってくれたのだ。


「面白そうだな、やってみるか」


 俺がその提案に乗ると、グウェインは隠したものの特徴を教えてくれた。

 形はやや三角形、紫色で色の濃い部分と薄い部分があり、丸めると手のひらに収まる、か。

 うーん、ここまで抽象的な内容で鑑定スキルを使ったことがないから案内が出るか分からないけど……一つだけ項目を付け足してみるか。


「鑑定、やや三角形で紫色、色の濃い薄いがあって、丸めると手のひらサイズで、この屋敷の中にあるもの」


 ……案内が、出たな。


「えっと、動いてもいいのかな?」

「うん、大丈夫だよ」

「グウェインは何を隠したの?」

「ふふふ、内緒だよ、姉さん」


 アリーシャさんも知らないことだったのか。

 とりあえず俺はイスから立ち上がると案内に従って移動を開始する。

 リビングを出て、そのまま二階に上がって廊下を進んで……って、ここはアリーシャさんの部屋?


「グウェイン、あなた私の部屋に勝手に入ったの?」

「入ってないよ。実は隠したって言うのは嘘で、姉さんの部屋にあるものの特徴を口にしただけなんだ」

「……私の部屋に? そんなものあったかしら?」

「えっと、アリーシャさん、入っていいのかな?」

「あっ、うん、大丈夫ですよ」


 さすがに女性の部屋へ勝手に入るわけにもいかず断りを入れると、アリーシャさんが部屋のドアを開けてくれた。

 そのまま入室を促されたので案内に従って歩いていくと、目の前には腰くらいの高さしかないタンスだろうか、そこへと案内された。


「……この中を示してますね」

「開けてみてください」

「……はあ」

「ねえ、グウェイン。いったい何なのか教えてくれても……って、ダメエエエエッ!」

「えっ?」


 ドアを閉めていてこちらを見ていなかったアリーシャさんが叫んだのだが、時すでに遅く、俺はタンスの一番下の引き出しを開けてしまっていた。

 そして、中に入っていたのは――


「……む、紫色の、パン――」

「ぎゃああああっ!」

「それ、姉さんの勝負下――」

「早く閉めてくださいマヒロさん!」

「はい!」

「グウェインはちょっとこっちに来なさい! 今すぐに!」

「あははー、それじゃあまた後でね、トウリー!」

「マヒロさんはイスに座って待っていてください!」


 首根っこを掴まれたまま引きずられていったグウェインは笑顔で手を振っていた。

 勢いよくドアが閉められ、俺は横目でタンスの一番下を見てしまう。


 ――バンッ!


「もう開けないでくださいね!」

「は、はい! もちろんであります!」


 ――バンッ!


 ……こ、怖かったよおおおおおおおおっ!

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