第10話:王城 1
――勇者召喚が行われた翌日、賢者の職業を得た副会長が荒れに荒れていた。
「どうして桃李君がいないんですか!」
「落ち着くんだ、
「これが落ち着いていられるわけないじゃないのよ!」
副会長である八千代
本当なら昨日の内に声を掛けたかったのだが、自分が賢者という特級職を得たことで周囲がそうはさせてくれず、落ち着いたらと思っていたら部屋が離れてしまい、翌日になって姿を消していたとなれば、荒れるのも当然と言えるかもしれない。
「説明があっただろう、真広は自分の職業を憂いて自ら城を出ることを申し出たのだと!」
「嘘に決まっているわ! 桃李君がそんなこと言い出すはずないもの!」
「だからといって、今ここで騒いでもどうにもならないだろう!」
「それは! ……そうだけど」
円を説得しているのは生徒会長で勇者の職業を得た光也だ。
光也はシュリーデン国の状況を聞いた途端に自らの正義感に火が付いたのか、この異世界という現実をすぐに受け入れてしまった。
さらに言えば自分の力でシュリーデン国を救うのだとやる気にもなっている。
「そもそも、初級職の真広では俺たちに同行するのは難しかった、そうだろう?」
「でも、鑑定士としてお城や城下町で過ごすことくらいはできたはずよ!」
「それを選ばなかったのは真広なんだから、俺たちがどうこう言っても意味がないだろう」
「だから、桃李君がそんな選択するはずがないのよ!」
円は桃李のことをよく知っていた。
ラノベ好きで、二人で帰る時には楽しそうに内容を語ってくれたこともある。
光也のように正義感からこの状況を受け入れたわけではなく、桃李なら説明される前からすでに状況を受け入れて、現状の最善策を考えていたはずだと。
「桃李君なら、一人で何かするんじゃなくて、私に一言くらい相談があったはずだもの!」
そして、これも円しか知らないことだが、桃李は何か大事な選択をする時には必ず円に一言相談をしていた。
答えを求めてのものでなければ、同意を求めてのものでもない。それでも桃李は何故か円に相談をして、円もそれを肯定していた。
「だが実際はいなくなった、それが現実なんだよ!」
しかし、そんなことを光也が知るはずもなく、最後には怒声を響かせて円を説得しようとしていた。
「ちょっと言い過ぎじゃないの、生徒会長さん」
「なんだ、
「……ユリアちゃん」
近藤ユリアの職業は拳王、特級職の一人だ。
ユリアは桃李に特別な感情を抱いているわけではないが、円の大親友である。そんな大親友が怒鳴り散らされている姿を見て居ても立っても居られなくなったのだ。
「信じる信じないは人それぞれだろうけど、ここで円を怒鳴り散らすのは間違いじゃないのかなって言ってるのよ」
「だが、彼女は賢者だ。俺たちの要になる職業なんだぞ? 初級職の真広のためにいちいち落ち込んでいられたら、シュリーデン国を救うなんてできるわけないじゃないか」
「……桃李君がいなくなったのに、いちいち落ち込むですって?」
円は睨みつけるように光也を見た。
しかし光也は自分の使命に酔いしれているのか全く聞く耳を持つことはなく、さらにその背後にはもう一人の特級職の姿が現れたことで歯噛みしてしまう。
「俺も光也と同意見だ」
「……
「
「どちら派かと問われれば、そうなるな」
御剣新の職業は剣聖、最後の特級職。
勇者と剣聖、賢者と拳王、四名の特級職の意見が分かれる形となり、残る生徒たちはどうしたらいいのか途方に暮れている。
そんな時に手を叩いて現れたのは――
「はいはい、生徒同士で喧嘩しないのよ!」
「「「「……先生」」」」
唯一の大人で上級職の春香が四名の間に立って仲裁を図る。
いくら特級職を得た四名とはいえ、まだ子供だ。大人であり、先生でもある春香の言葉に逆らおうとは思えず口を噤んでしまう。
「真広君のことは、私からもう一度話を聞いてみます。もし納得できないなら、その場に八千代さんと近藤さんを同席させても構いません。ですから、今この場でみんなが言い争うことは止めてくれないかな?」
「……まあ、秋ヶ瀬先生がそう言うなら」
「……俺も問題ない」
「……私も」
「……ありがとうございます、春香先生!」
「うふふ。いいのよ、八千代さん」
今にも泣き出しそうな円の頭を撫でながらそう口にした春香も、桃李のことを心配している一人だ。
もし桃李がシュリーデン国の陰謀によって追い出されたとなれば、自分は敵対することも躊躇わないだろうとさえ考えている。
しかし、そんな春香の思いに気づいている者も少なからずいた――シュリーデン国側に。
「……あの女、邪魔ですねぇ」
このやり取りから二週間後――春香の姿は城の中から消えたのだった。
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