第6話:本当によくある勇者召喚 5
……よし、驚いた後にやることはとりあえず近くに行ってみよう、だな。
外に佇んでいるのも危険だろうし、まさか入るなと追い返されることはないだろう。
「……でも、俺の身分を証明する物なんてないんだよなぁ」
こういう時、ほとんどが身分を示せる物を提示しないと中に入れないパターンがほとんどだった気がする。
もしなければ必要な金額を支払うんだけど、俺はそのお金すら持っていない。
こんなことなら、森の中で何か換金できそうな物を取ってくるんだったと今さらながらに後悔してしまう。
だって、こんな大きな都市が近くにあるなんて思わなかったんだもんなぁ。
近づくにつれて外壁はどんどん大きくなっていく。その高さはどれくらいだろうか、五階建てのビルくらいはあるかもしれない。
外壁の下には当然ながら門のようなものがあり、その前には槍を手にした兵士っぽい人が左右に一人ずつ立っている。よく見ると外壁の上にも兵士が立ってるな。
「……何か、下の兵士に叫んでる?」
上の兵士から俺の姿が見えたのかもしれない。
いきなり姿を見せて『何者だ!』ってなるよりはいいけど……なんだろう、とっても驚いているというか、緊張感が漂っているように見えるのは気のせいだろうか。
このまま進んでもいいのか迷ったのだが、他に行く当てもないので意を決して進むことにした。
「おい、本当に来たぞ!」
「き、貴様、何者だ!」
……えぇー、結局『何者だ!』って言われちゃったよぉ。
しかし、何者だと言われてもどう答えるべきだろうか。素直に答えて信じてもらえるのだろうか、むしろ怪しまれるんじゃないのか?
うーん、ここは無難に――
「えっと、真広桃李と言います」
名乗るだけにしてみたのだが、それでも穂先はこちらを向いたままで下ろしてはもらえない。むしろ、警戒されたのかその視線はさらに鋭くなり俺のことを睨んでいる。
「何処から来た!」
「何処からって、この先にあった森を抜けて――」
「も、森を抜けてだと! 貴様、ふざけているのか!」
「ふざけるも何も、本当のことなんですが?」
グッと槍を握る手に力が入るのが分かった。
……おいおい、なんで森を抜けてきたってだけでこうも警戒されるんだよ。まさか、本当に封印されし死の森だったなんて言わないよな!
そんなことを考えていると門が開き、中からさらに数名の兵士が追加で現れた。当然ながらその手には全員武器を持っている。
「貴様、人に化けることができる魔族ではないのか!」
「ち、違いますよ! れっきとした人間ですって!」
「ならば本当は何処から来たのだ!」
最初に問い詰めてきた兵士がもう一度同じ質問をしてきた。
本当はって言われても、本当に森の中からだからなんとも返答に困る質問だ。
ここは一か八か、転移させられたと言ってみるしかないか。それでダメなら残りのぶどうを食べて逃げるしかない。
ゴクリと唾を飲み込み口を開こうとした時である――
「お待ちなさい」
兵士の後ろから女性の声が聞こえてきた。
驚いたのは兵士たちのようで慌てて振り返り、危険だと言って声の主を押し止めようとしている。
しかし、声の主は兵士の静止に構うことなく前に進み出ると、俺の前に姿を見せてくれた。
「……えっと、あなたは?」
「兵士たちが失礼いたしました。私は防衛都市グランザウォールを治めております、アリーシャ・ヤマトと申します」
「アリーシャ……ヤマト、様?」
ヤマトって日本名みたいな名前だけど、鮮やかな金髪だし顔は西洋風でこの世界の人と変わりない。……ただの偶然ってことだろうか。
俺がそんなことを考えていると、何故かヤマトさんは微笑み右手を上げて兵士たちにこう告げた。
「彼は魔族ではありませんし、敵でもありません。速やかに槍を下げてください」
ヤマトさんの言葉を受けて兵士たちはすぐに槍を下げてくれた。
ホッとしたのは確かだが、いったい何を見て俺が敵ではないと判断してくれたのだろうか。
俺の考えが分かったのか、ヤマトさんはこちらに近づくと俺の耳元で理由を教えてくれた。
「……マヒロさん。あなたは、異世界から来た勇者様ですね?」
「――! ……ど、どうして、それを?」
顔を離したヤマトさんは先ほどと変わらない微笑みを浮かべたまま中へ入るようにと促してきた。
どうして俺が異世界から来た人間だと知っているのか、それはヤマトさんの名前も関係があるかもしれない。
何より俺には行く当てがないのだからこの提案に乗るしかないのだ。
「……」
俺は無言のまま歩き出し、ヤマトさんに続いてグランザウォールの門を潜ったのだった。
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