第5話:本当によくある勇者召喚 4

 ――そして翌朝、俺は作戦を決行することにした。

 昨日の今日でと思う者もいるかもしれないが、良いタイミングなんて俺に分かるはずもない。

 善は急げという言葉もあるくらいなのだから、動けるならすぐに行動あるのみだ。

 俺は念の為にもう一度鑑定を行う。


「鑑定、人里」


 ……やはり、示される方向は変わらない。


「鑑定、魔獣」


 ……おぉ、これも変わらず人里の方向に案内が沢山あるよ。

 俺はポケットにぶどうを詰め込み、シャツをインすると内側にもぶどうを入れていく。

 汗に濡れて食べるのを躊躇うかもしれないが、一大事なので気にしないことにしよう。

 なるべく多くのぶどうを詰めるだけ詰めると、俺はその場でぶどうを大量に食べる。

 一粒……五粒……十粒……お腹が膨れるまで食べた俺はステータスを開いた。


「……うぷっ! ……ふぅ、速さの数値は……おぉっ! 100までいってるじゃん!」


 100ってことは、一九粒食べたことになるのか。

 普段の俺ならもっと食べられそうだけど、不思議とこのぶどうはすぐにお腹が膨れてしまう。

 食べられる制限があるのかと考えたが、今は1秒でも時間が惜しい。

 俺は目的地の方角に足を向けると――周囲を気にすることなく駆け出した。

 シャツが出ないように押さえながらではあったが、いつもの何倍もの速さで走っている自分に驚きと共に感動を覚えていた。


「うっひょー! これが俺かよ! これが――異世界かよ!」


 ただ走っているだけなのだが、それだけでこんなに楽しいとは思わなかった。

 人里に出て装備を整えることができれば魔獣とも戦えるだろう。そうなればレベルも上がって、もっとこの世界を堪能することができるはずだ。

 ラノベの中でしか繰り広げられなかったことが出来事が、今は目の前まで近づいてきている。


「俺は――自由だああああああああぁぁどわあっ!?」


 あ、あっぶねええええぇぇっ!?

 テンションが上がり過ぎて魔獣の存在を忘れてたよ!

 いや、突然振り下ろされた拳を避けられたのは奇跡だからね! かすりでもしたら即死確定だからな!

 俺は振り返ることをせずに、ただひたすら前を向いて走り続けた。

 魔獣が姿を現したらさらに加速して、一気に通り過ぎていく。

 時折時計に目をやり、時間だと分かれば走りながらぶどうを食べる。

 最初に食べた分が消えるまではより速くなるのだが、100になった分が無くなると途端に遅くなるので慌てて食べ進める。

 そんな感じで走り続けて30分が経とうとした時だった――


「あれは、森が、途切れてる!」


 呼吸が苦しくなり、そろそろ限界が近づいてきた時に見つけた森の切れ目は、最後の力を振り絞るきっかけになってくれた。

 このきっかけがなければ、俺は最後に待ち受けていた魔獣の餌食になっていたかもしれない。

 ぶどうを食べられるだけ食べて一気に加速した俺は森を抜けた途端――巨大なドラゴンにブレスを浴びせ掛けられたのだ。


「どわああああああああっ!?」


 ブレスは俺が森を抜けた直後、その後方を横切っていった。

 一粒でも食べそびれていれば、少しでも気を抜いて足を止めていたら、俺は一瞬で灰になっていたかもしれない。

 またしても振り返ることなく、全力疾走で森を抜けた後の丘を駆け下りていく。

 感動していたよ、ブレスを浴びせ掛けられるまでは。

 叫びたかったよ、ブレスを浴びせ掛けられるまでは!

 泣きたかったよ、ブレスを浴びせ掛けられるまでは!!


「俺の感動を返せバカやろおおおおおおおおっ!」


 そんな叫び声しか、今の俺には出すことができなかった。


 ※※※※


 森を抜け、魔獣の遠吠えが聞こえなくなり、地面が揺れる足音も聞こえない。

 そして何よりドラゴンの姿が見えなくなったことで俺はようやく一息つくことができた。

 今は丘を下り、荒れ果てた大地で唯一生えている……というか、すでに枯れているけど何とか残っているやせ細った木にもたれ掛かっている。

 食べ物はポケットに詰め込んだぶどうのみで数粒ほど。インしていたシャツの内側に入れていたぶどうは、走っている途中で外に出てしまい全て森の中で落としてしまった。

 案内によると人里までは後5キロほどある。

 魔獣の存在を確認したところ、周辺にはいないようでとりあえず安心だ。


「しっかし、あの森はマジでなんだったんだ? 最後にはドラゴンが出てくるし、マジで俺を殺すつもりだったんだろうなぁ」


 封印されし死の森、的な場所だったりして。

 ……まあ、今となってはどうでもいいことだ。俺はすでに森を脱出しているのだから!

 呼吸も整い立ち上がると、俺は残り5キロの道のりを歩き出した。

 ぶどうを食べて一気に走り抜けることも考えたが、これは俺の生命線にもなるので残しておく。腐ってしまうともったいないので、頃合いを見て食べるつもりではいるけどね。


 歩き始めて1時間程が経った頃、それはようやく見えてきた。

 人里と鑑定していたので小さな集落か、森の側なのだからあっても村程度だろうと思っていたのだが……おぉぅ、マジですか。


「……で、でっかい外壁! しかも大砲がある!」


 思いっきり要塞都市的な感じなんですけどおおおおっ!?

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