第35話 コンクール予選ー余韻

コンクール結果は、絹さんももちろん予選通過で、一つ上の級の望美ちゃんも辛くも通過。帰りにコンクール結果の貼り出しを見たら、下の級の太一くんや優弥くんの名前も発見し、一安心。


はるか先生、ホッとしただろうな。


僕は電車に乗り、残っていたゼリー飲料を飲み干した。

ドアのすぐ近くに立ち、外の景色を見ながら今日のことを思い返す。


良かった、通過できて。


予選の通過率は、級が上がるごとに狭き門になってくる。予選会場の演奏レベルにもよるけど、僕の級では3割に満たないことも多い。しかも出場者は音楽科の学生など、専門的にピアノを学んでいる人もいて、レベルもかなり上がっているため、僕みたいなただのピアノ男子には難関だ。


本選は8月初め。1ヶ月ちょっとしかない。

曲は決まっていて1曲は他のコンクールで弾いたことがあるし、もう1曲もある程度は弾けている。つまり、本選に向けてどうやって仕上げていくかになる。


通過できたということは、本選に向けてレッスンが受けられるということ。


また、先生と演奏できる


僕は心が弾むのを感じた。


もちろん普段のレッスンも好きだけど、コンクール曲を仕上げていくレッスンが一番好きだ。曲を深く追求していけばいくほど、はるか先生の分析に舌を巻くし、毎週、先生が新しい視点を加えてくれるのが楽しい。


それは、元々持っていた先生の視点であることもあるけど…


『今週、私、もう一度分析し直したり、弾き直したりしたんだけどね』


こんな前置きを言ってから話してくれることも多い。

前のレッスンから今のレッスンの間に、はるか先生も同じ曲に真剣に向き合ってくれていたということだ。

そして、この級になってくると、ほとんどの場合、その曲は今、僕しか弾いていない。


つまり、はるか先生は僕の演奏を上手に引き出す視点でピアノを弾き、楽譜を分析してくれている。


僕と一緒にいない時間も、ピアノさえあれば、先生を束縛できる


この感覚は何物にも代えがたい。


先生のプライベートは、あまり耳に入ってこない。一体、ピアノのレッスン以外の時間に何をしているか、いまだに謎だ。


だけど、僕とのレッスン時間以外にも、僕の演奏をなぞりながら、はるか先生がピアノを弾く。


僕の知らない時間に。


僕の演奏のことを想いながら。



これほど僕の独占欲を満足させることがあるだろうか。


そしてその結果として、舞台での僕の演奏があり、今日の結果がある。



あんな風に手を握られたのは、小学校低学年以来でびっくりしたけど、先生のピアニストとしては小さくて柔らかい手の感触は記憶にあった。そして、あんなに見つめあったのも数年ぶり。小さい頃は、先生が僕に合う目線に合わせてくれて『おめでとう』って言ってくれてた。


いつから、目を合わせなくなっていたのだろう。

好きになってから…?


それにしてもはるか先生の、ピアノの先生らしからぬ、あのガッツポーズと「やった!」という笑顔ったら。


つい、電車の中なのに思い出し笑いをした。



あなたを笑顔にできて良かった



第1部 完


第1部完了までお付き合いいただきありがとうございました。

明日より、外伝「ユーチューバー タオの初恋」が始まります。本編「ピアノ男子の憂鬱」とリンクしていますので、よろしければ引き続きお付き合いください。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054917967557/episodes/1177354054917967574

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