coat of arms

apy

第1話 トゥットっファーレにて

 肌寒くなると客足が遠のく。いつもよりも暇を持て余しながら、レオナルドは商品の埃をはらっていた。オールバックの髪かきっちりとした雰囲気を更に強く見せていた。




「こんにちはー。レオナルドさんお久しぶりです」




 大きな荷物の塊が入ってきた。




「やぁ、カトリーナ。今日はずいぶん大荷物だね」




 どさっとカウンターに置かれたのは見た感じ冬服だろう。被服屋の彼女はレオナルドの店に定期的に商品をおろしていた。それにしても今回は多い。良くここまでもって来れましたね、というと、




「何度か転びそうになっちゃいました。冬ものだからかさばっちゃって。今回は二着お願いします」




 二着といえどもこもこの生地では一着でも大変だっただろうに。




「寒いからあっという間に売れてしまうよ。前回のは一日で…」




言いかけた時だった。カランカランと再び扉が開く。




「やーっほー」




 ふわふわの金髪を耳の上あたりでまとめた少女は、かつかつと店内に入ってくる。




「…いらっしゃいませ」




「こんに」




 二人の言うことなんて聞きもせずに




「なにこれなにこれ超可っ愛いー!!」




 と、興味はテーブルの上の新商品にくぎ付けだ。




「あ、ありがとうございます」




 唐突な対応に驚いてはしまったがお客様だ。しかも目の前で褒めて貰えるのは嬉しい。




「このコート、あなたが作ったの?!」




 まん丸の目がさらに丸く開かれる。




「は、はい」




 まだ自分の作ったものに自信は持てない。




「へぇ、この色も形も私好み!!」




「イルヴァさん、カトリーナが驚いていますよ」




「えっ? あ、ごめんなさい。えへへ」




 イルヴァはそっとコートをカウンターに置いた。




「彼女はカトリーナ。仕立てたものを時々うちに卸してくれているんです」




「元は育ててくれた祖父母がやっていた仕事なんですけどね」




 そういいながら商品を広げて見せる。




「数年前に亡くなられてからは彼女、カトリーナが立派に跡を継いでいるんです。カトリーナ、彼女はイルヴァさん。えー・・昔馴染みで、地方をまわったりされています」




 歯切れの悪さが気になるものの、イルヴァに微笑まれると笑顔で返してしまう。




「よろしくおねがいします、イルヴァさん。とはいってもまだまだ祖父母のようにはいきませんけれど…」




「ってことはー、この服、買えちゃうのね?」




 人の話を聞いているのか聞いていないのか。イルヴァは話を進めていく。




「えぇ、もちろん。ですよね、カトリーナさん」




「じゃあ私買う! どっちにしよーう。迷っちゃう」




「あわわわ、ありがとうございますっ」




「今日はラッキーな日だわ! 最初はアンラッキーだったんだけどね。だってほら、前髪がなんか変でしょう?」




 そういいながら前髪を揺らす。気になるようなとこは感じられないが…。




「そんなことないですよ?」




「私が見てもいつも通りかと」




「そう?」




「いつもそうやっておろしているじゃないですか」




 眉の上のあたりで毛先が揺れる。




「けどなーんか気に入らないのよね」




「あ、ではこれはいかがですか?」




 そんな悩めるイルヴァにカトリーナは箱を差し出した。




「これは・・・髪飾り?」




「ちょっと失礼しますね…レオナルドさん、鏡お借りできますか?」




「勿論、どうぞ」




 差し出された手鏡を見た瞬間。頬に手を当て喜んでいる。




「きゃーーーー素敵!」




「いいですねぇ」




 前髪には小さなヘアピンがついていた。




「新作でどうかなとおもって、レオナルドさんにみてもらうために試作品でもってきてみたんです」




「是非、うちで売らせていただきますよ」




「ありがとうございます!」




 目の前で一瞬でこんな風に売れたんじゃぁ、置くしかないでしょうと、レオナルドさんは箱を受け取った。




「ふふふーっと。ねぇ、これ何?」




 イルヴァはぶつかった足元を見る。




「ああ、、仕入れた本です。さっきまでそれを置く場所をどこにしようか考えていたんですよ」




「へぇ…あっ、これはお菓子の絵が沢山。このケーキおいしいのよねーあ、これはきらーい」




 お菓子の本を開いて物色をはじめた。




「沢山仕入れたんですね」




「文字を読める人も増えてきましたし、冬だと家の中にいる人が増えるからね。売れ行きもいいんだよ。料理の本から歴史書まで取り揃えてるよ」




「くす。さすがです。あれ、これ…」




 積みあがった本の中の一冊を引き抜く。青い装丁の本だった。




「知ってる本でもありましたか?」




「あ、いえ。この本ではないんですけれど、ちょっと昔のこと思い出して」




 ぱらり、と表紙をめくる。




「昔のことですか?」




「はい。小さいころ私体が弱いくせにいたずらばっかりして困らせてたんですけど、そんな時祖父母が言っていたんです。『いい子にしていないと吸血鬼がくるぞ』って。おかしいですよね、吸血鬼だなんて、ふふふ」




「どうして?」




 イルヴァの声から色が消えた気がした。




「え?」




「本当にいないっておもう?」




「だってこれは絵本で、物語なんですよ。それにいたら今頃大騒ぎになってますよ」




「彼らだって馬鹿じゃないわ。もしかしたら溶け込んで生きてるのかも」




「血を吸われて死んでた人の話なんて聞いたことありませんし、赤薔薇が私たちを守ってくれますもの」




 本をそっと閉じる。




「そろそろ本はしまってもらえるかい? 一応商品だからね」




「何よ、ケチー」




 パッと振り向いたので、イルヴァの髪が揺れる。




「そうそう、カトリーナ。これを」




 そういって茶色い小瓶をシャカッと振る。




「あっ。ありがとうございます。ちょうど切れそうだったんです」




 きっと忘れていると思っていたよ、と手渡された。




「そうだと思った。気を付けないとだめじゃないか」




「なぁに、それ。お薬?」




「はい。持病で。昔しばらく飲めなかったとき倒れちゃって大騒ぎになっちゃったことがあったんです」




 大事そうにかごにしまった。




「まぁ大変!」




「ちゃんと注意してくださいね」




「はーい。じゃあ私はこれで」




「ああ、雪がそろそろ降りそうだ。気を付けてお帰り」




「ばいばーい」




「失礼します」










 カウンターに頬肘をついてイルヴァが言った。




「ねーえ、私の鼻、にぶったのかな?」




「さぁ? どうでしょうね」




 レオナルドは目じりにしわを作っただけだった。




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