5. もう一人の私(5)初めての友だち

 連絡を入れたのは財布を拾った愛莉からだった。愛莉としては自分でも驚くくらい、積極的になっていた。もう一人の愛莉がよく行くという公園で待ち合わせをした。

「あの、こんなところで良かったですか?」

「ええ、公園なんて久しぶりだから、とても楽しみにしていました。自然が豊富で素敵なところですね」

「はい、あまり人の手が加えられていないような感じが好きで。人の手が加えられていないというのは正解ではないですけれど」

「人の手が加えられていなかったら、こんな状態はキープできませんものね」

 二人して笑い合っていた。

「ここのベンチに座りませんか?ここから見える景色が私は好きで。あっ、何だか私の好きなことを押し付けていますね」

「いいえ、愛莉さんの好きなことを知れて、とても嬉しいです」

 愛莉は青々と茂る草木の間から見える高層ビルを見つめた。

「私の住むマンションが見えます」

「えっ、あれですか?凄い、あんな所に住んでいるのですね。だったら、私のアパートなんて古くて小さくて驚いたでしょう」

「そんな。あれは父が用意してくれたものですから」

「お父様がいらっしゃって羨ましいです。私、父は生まれた時からいませんから」

「えっ、そうなのですか?私も同じです。さっき、父がって言いましたけれど、正確には祖父です」

 愛莉は自分の母と祖父との関係、そしてそのことを最近知ったことを話していた。

「そうだったのですか。お父様はわからないのですね。それは私も同じです」

 もう一人の愛莉も自分の父と母とのこと、そして最近知った事実を話していた。

「でも、不思議ですわね。同姓同名で生年月日も一緒で、生まれも育ちも全く違うのに何だか親近感がわいてきます。あっ、ごめんなさい。私の一方的な思いでした」

「そんなことはないです。私もそう思っていました。お金持ちでも苦しみは一緒なのかなって」

「学生の頃、親友だと思っていた子から『結局お金があるのだから、悩みなんてないも同然よね』って言われてしまったことがあったの。それ以来、私には友だちはできないって思い込んでいたから・・・」

「学生の頃だったら、私もそんな風に言ってしまうかも。だって、やっぱりお金持ちの子は羨ましかったから。学校での行事で必要なお金にも困ったことがなくて、お洒落もできて、コンサートにも好きに行けて、高級レストランでお腹いっぱい食べられて・・・、あっ、何だかごめんなさい。私・・・」

「いいのよ。そうよね。私はお金に苦労したことはなかった。洋服などの買い物もレストランでの食事も自分で支払ったことはないから、実際にいくら自分はお金を使っているのかさえ知らない。あっ、でも、本はちゃんと自分でお金を支払って買っているのよ。自分で働いたお金でははいから、自慢にはならないわね」

「何だか、愛莉さんの生活って私だったら耐えられないかも。私は自分で働いたお金で、それは勿論限られたお金だけれども、それをやり繰りするのが楽しいから」

「私の母は旅館の一人娘で、旅館が潰れてしまうまで何不自由なく暮らしていたそうなの。物の値段も知らないで暮らしていた。旅館が潰れて私を身籠って自分の父親を頼ったのはお金のためだった・・・」

「それも一つの母親としての正しい選択だったと思います。私の母は父が犯罪者と汚名をきせられ田舎から逃げて野垂れ死に寸前でお総菜屋のご主人夫婦に拾われて、必死で働いて私を育ててくれた。そうするしかなかったから」

「母は母のできることで精一杯だったのかしら」

「きっとそうです」

 愛莉と愛莉は空を流れる飛行機雲を同時に目で追っていた。

「あっ、そうだ。この間拾っていただいたお財布、愛莉さんの持ち物だったのよ」

「えっ、どういうことかしら?」

「愛莉さんのお手伝いさんが私の働く古着屋に持ち込んできた品だったの」

「公子さんが寄付しに行っていたお店が愛莉さんの仕事先」

「そうなの。実は私もそのことを全く知らなかったの。お財布を落としたこと、そして同姓同名の人に拾ってもらったことをお店の人に話をしたら、詳しく話をしてくれて。実はね、あのお財布、私には偽物だってその人言っていたの。本物のブランド品だと私が受け取らないからって。あのお財布は店の社長が買い取ってくれたらしくって。愛莉さんからの寄付はちゃんとしているから安心してね」

「そうだったのね。寄付といってもたいしたことはしていないから・・・親に恵まれなかったり、お金に困っていたり、そう言った子どもたちは沢山いるのに、私は・・・」

「でも、愛莉さんは自分のできることをやっているのだから、それに、これからだって何かできることはあるはずよ。私の夢はね、絵本作家になることなの。絵本を読んで子どもたちが明るい未来を夢見て、元気になれたらいいなって思っているの。今はまだ叶わぬ夢だけれども」

「素敵な夢ね。私にできることはあるのかしら・・・」

「本が好きなのでしょう。愛莉さんが書く文章で明るく元気になれる人がいるかもしれないじゃない。そうだ、愛莉さんが文章を書いて私が絵を描くっていうのはどうかしら。ダブル愛莉で」

「それはとっても素晴らしいアイデアよ。子供向けのお話を私、書いてみようかしら」

 愛莉は初めて心から打ち解ける友だちができたことを心から喜んでいたのだった。

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