4.真の初恋(5)真の初恋

「ねえ、真さん、今日の夜は暇ですよね」

 彩夏が仕事をしている真に話しかけてきた。

「あのさ、暇ですよね、っていう誘い方はどうなのかと・・・」

「でも、暇でしょう?」

「まあ、そうだけれど・・・なに?」

 真の警戒心は強くなるばかりだった。

「愛莉ちゃんを慰める会をしようと思って」

「えっ・・・・ど、ど・・・」

「そんなに動揺しなくても、軽い気持ちで行きませんか?」

「でも・・・」

「そんなことだといつまでたっても恋愛はできませんよ」

「恋愛って・・・・・・」

「はい、では一緒に帰りましょう。絶対に先に帰ったりしないでくださいね」

 強引に約束をさせられ、真は少し嬉しくなっていた。だが一転、今日の服装はダサかったのではないかと思うとソワソワしてくるのだった。


 図書館の職員出口で待っていた彩夏と合流して、真は近くのレストランに入った。愛莉は先に来て待っていた。

「愛莉ちゃん、遅くなってごめんね」

「いいえ、私も今来たところですから」

「どうも」

 真は愛莉の笑顔に胸の鼓動が収まらなくなっていた。

「真さん、緊張しないで」

「緊張?どうしてですか?」

 愛莉が真の顔を覗くようにして言った。

 真の緊張がマックスになる。彩夏に背中を叩かれ、痛みで少し動悸が収まる。

「ここ窯焼きピザが有名なのよね。それ頼もうか」

「はい、食べてみたかったです。私、ほとんど外食なんてしないから」

 愛莉の言葉に頷くだけの真だった。

「愛莉ちゃんてすごいのよね。お総菜屋さんと古着屋さんでアルバイトをしていて、夢は絵本作家だし」

「そんな、絵本は色々な賞に応募しているのですが、全く駄目で・・・。それに・・・色々とあって少し落ち込んでいたところです」

「あら、そうなの。きっと見る目が無いのよ。審査員たちの」

「どんな作品を描いているの?」

 真は意外とすんなり会話ができたことにホッと安堵していた。

「後で見てくれますか?」

「勿論です」

 彩夏が意味ありそうに笑っていた。

「こうやって外食するのも楽しいですね。何だか元気が出てきました」

「絵本以外でも落ち込むことがあったの?何かあったの?あっ、ごめん」

 真は自分で愛莉に質問をしてから、深入りし過ぎていることを反省していた。

「謝らないでください。父親のことでちょっと・・・」

「もう、いいのよ。話したくないことは言わないで」

 彩夏の優しさに愛莉は心を少しだけ許し始めていた。

「私が生まれる前に父が亡くなっているのですが、亡くなった母からは何も聞かされていませんでした。最近になって詳しい事情を知ることができて、でも、その事実を受け止められなくて・・・。すみません。まだちゃんと話せなくって・・・」

「俺が聞き出そうとしたから・・・無理させてごめん。言いたくないことは言わないでいいから」

「ありがとうございます」

「小さい頃から死と向き合ってきたのだね。俺なんて最近友だちを亡くして、まだ狼狽えるばかりで情けないよ」

「真さんも大変だったのですね」

「まだ、信じられないし受け止められないし・・・」

「私もそうです。母が亡くなって三年が過ぎたのですが未だに立ち直れてはいませんから」

 いつも明るい愛莉とは思えないような沈んだ声だった。真も彩夏も何も言えなかった。

「でも、こうして知り合いも増えて、楽しい時間を一緒に過ごせて、『出会った人を大切にしなさい』って母の教えを守っていて良かったです。本当の私はずっと引きこもって家から出たくないタイプだから」

「俺もだよ。できることなら家から一歩も出ないで生きていきたい」

「二人ともそうなの?私は家にじっとしていられなくて。お金が無いから仕方なくじっとしているのだけれど」

 彩夏の明るい言い方にどんよりした空気に光が差したようだった。


 翌日、真が図書館で仕事をしていると愛莉が話しかけてくれた。

「お時間があったら私の作品を見てください」

「もう少しで休憩だから、そこのテーブルで待っていて」

「はい」

 真は愛莉と会話をしても緊張しなくなっていた。


「愛莉ちゃんに告白しないの?」

 彩夏はふざけることなく真剣に聞いてきた。

「告白なんてまだ早いよ」

「早いことなんてないわよ」

「何だかさ、まだ人を寄せ付けない雰囲気があるから」

「愛莉ちゃんに?」

「俺の思い過ごしかもしれないけれどね。言い訳かな。とにかく、まだもう少し見守りたいというのか、そっとしてあげたいという感じかな」

「そうか。何だか深い愛を感じる」

「そんなんじゃないよ。意気地がないだけだよ」

 本当は今日にでも告白をしようと真は決意を固めていたのだが、さっき愛莉から作品を見せられ、その作品に対しての思いや抱いている夢を聞かされ、考えが変わっていた。

「彩夏さんって夢ってあるの?」

「夢か・・・毎日が必死でそれどころではないかな」

「俺もそうだよ。悟志には夢があったのかな?あいつはその場が楽しければいいっていうタイプで、浮気して、飲み歩いて、合コンだって俺なんかの何十倍もしていて・・・。何だか悪口になっているな。何だかさ、悟志は夢があったのを誤魔化すためにその場を楽しんでいたのかなって思ってしまって・・・」

「そうね。年を重ねていくうちに夢なんて忘れてしまっているわね。私も愛莉ちゃんを見ていて自分を反省しているところなの」

「そうだよね。俺も悔いの残らない人生のために、ちゃんと考えないと」

 真は愛莉が熱心に机に向かっている姿をじっと見つめた。それは以前とは全く違う眼差しになっていた。

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