4.真の初恋(4)人生とは

 葬儀が終わり真は智和と二人で電車に乗った。

「日本に帰っていたのか」

「ああ、まさかこんなことになるとは・・・」

「まだ、信じられない」

「お前は会っていたのだろう」

「ああ、先日、家に行ったばかりだ」

「俺は大学の時に会ったきりだった」

「高校生の頃までは三人でよく遊んでいたよな。大学に入ってからもそれぞれ別の大学だったけれど卒業するまでは会っていたからな」

「懐かしいな」

 悟志は交通事故で亡くなった。交差点での事故で相手の信号無視が原因だった。


 二人は電車を降りた。隣同士の家までは歩いて十分はかからない。歩く足取りは重かった。

「なあ、どこかで少し飲んで行かないか?」

 誘ったのは智和の方だった。

「ああ、俺もそう思っていた」

 駅前の昼間から開いている居酒屋に入ると二人とも黒のネクタイを外した。生ビールと簡単なつまみを注文し、しばらくは黙ってそれぞれが悟志のことを考えていた。

「自分が死んでもお金には困らないって、言っていたな」

「そうか」

「家はローンが消えるし生命保険も出るし、事故だから・・・・・」

 悟志は慰謝料という言葉を言いよどんだ。

「ああ、それでもあの奥さん心配だよな」

「うん、金の問題ではないからな。でも、金を残してやれたのなら、少しは安心だよ。俺なんて何も残せてやれないから」

「お前は大手商社マンだから大丈夫だろう」

「俺、会社辞めた。タイで現地の人と結婚して小さな商売をしている」

「そうだったのか。知らなかった」

「まあ、それを親に伝えに帰っていたのだけれどな」

「親は何て?」

「ああそう、って感じだよ。彼女のことも気に入ってくれた」

「そうか、それなら良かった。でも、思い切ったな」

「向こうの国が体質に合っているから。金銭的にはギリギリだけれどな」

「それでもそっちの暮らしを選んだのだな」

「お前だってそうだろう」

「ああ。金だけじゃないよな」

 それから二人の会話は盛り上がらなかった。寂しさと悔しさとやるせなさの気持ちを共有し一時間も経たずに店を出た。外はまだ明るかった。

「雨でも降ってくれたら・・・いや、でも、悟志には晴れの日が似合うよな」

「そうだな」

 家までの道のりをトボトボと黙って歩いた。

「じゃあ、またな」

 智和が先に家に入っていった。

「おお、連絡するわ」

「俺も」

 智和の悲しそうな後姿を見て、自分も同じような背中をしているのだろうかと想像していた。

 家に帰ると両親がリビングでテレビのワイドショー番組を観ていた。

「おかえりなさい」

「ただいま」

 何か言いたそうな両親を残して二階にある自分の部屋へと向かった。


「ごはんができたわよ」

 母の声で目を覚ました。少しだけ寝てしまったようだった。階下に降り食卓についた。

「大変だったわね」

 母の言葉に頷くだけだった。黙って食事を終えると珍しく父が酒を勧めてきた。断る理由はなかった。

「十二年物のウィスキーだ。いつものようにお隣さんからの貰い物だけれど」

 自虐的な言い方も板についてくると嫌味が無かった。

「おお、美味いね」

 それがどんな価値を持つのか、味だってよくわからない真だったがとりあえず口に出していた。父と二人だけで飲むのは初めてに近い。二十歳の頃、あったような記憶が薄っすらだが蘇っていた。

「悟志君のご両親のご心痛を想うと、いたたまれないな」

「ああ、お父さんは気丈に振る舞っていらしたけれど、お母さんは泣き崩れてしまって見ていて辛かったよ」

「そうだろうな。子どもも産まれたばかりだと言うじゃないか」

「そうなんだ。この間うちに来た宏太君も葬儀中は時々上を見上げてボーとしている姿が、どうにも切なかったよ」

「自分でもどうしていいのかわからないのだろうな」

「ああ」

「高齢者が生き残っても・・・」

 父親が急に年老いたように感じられた。でも、もう七十歳である。その事実を突きつけられた思いがした。

「命はみんな同じだよ。老いも若きも」

「そうかね」

「そうだよ。長生きしてくれよ」

「孫の顔は期待できないだろうが・・・」

「すまないね。姉ちゃんはもう無理だろうし、俺だって駄目だから」

「何を弱気なことを言っているのよ」

 しんみりとした空気を破ったのはやっぱり母だった。

「弱気って言われても・・・」

 真はこの場から逃げ出したくなっていた。

「でも、まあ、二人とも元気に自分らしく生きてさえいれば、私はいいわよ」

「えっ、うそ、そうなの?」

 昔は自分の子どもをエリートにさせることや優秀な孫に囲まれて暮らすことを夢見ていた母の価値観が、いつの間にか変わっていたことに驚かされる真だった。

「そうよ。私は私の人生を私らしく歩んでいくって決めたから。子どもたちがどうなろうと、生きてさえいてくれたらそれでいいのよ」

 真は父と顔を見合わせて笑った。

「何が可笑しいの?」

「何でもないよ」

 真は気付いたら年老いていた一緒に暮らす両親に、心から感謝をするのであった。言葉にはできなかったけれども。


 翌日、図書館で仕事をしていると若い女性の姿を知らず知らずのうちに眼で追っている自分にハッとさせられる真だった。

「どうしました?」

 彩夏が明らかに挙動不審な態度の真を心配して声をかけてきた。

「いいや、ミドリさんという人、どうしているかなって思って」

「ああ、悟志さんの・・・。案外ケロッとしていたりして」

「そんなぁ・・・」

「女なんてそんなものですよ」

「そうだろうけれど・・・」

「だから女は強くて優しいのです」

「強くて優しい?」

「そう、いつまでもクヨクヨしていても仕方がないでしょう。亡くなった人のためにも前へ進まないと」

 真は彩夏に肩を叩かれて、ほんの少し弾き飛ばされた。

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